絶対王者のハコスカGT-Rを引きずりおろしたロータリーの最終兵器! マツダの魂が込められたサバンナRX-3とは (1/2ページ)

絶対王者のハコスカGT-Rを引きずりおろしたロータリーの最終兵器! マツダの魂が込められたサバンナRX-3とは

この記事をまとめると

  • 1971年に登場したマツダRX-3
  • コスモ、ファミリア、ルーチェ、カペラに次ぐロータリーエンジン搭載車
  • モータースポーツでも活躍をしていた

世界で唯一、マツダが完成させたREは世界の至宝

 フェリックス・ハインリッヒ・ヴァンケル博士が発明したヴァンケル・エンジンは、共同開発したNSU社が基本特許を保有していて、それを各国のメーカーにライセンス供与していました。ただし、自動車用エンジンとしては、わが国のマツダ……当時はまだ前身だった東洋工業のみが製品化できただけで、他社は商品化/量販化することなく開発プロジェクトを中止しています。ロータリーエンジン

 ならば東洋工業に敬意を表して、彼らが名付けたロータリー・エンジン(RE)と呼んでもよさそうなものですが、ヨーロッパではREではなくヴァンケル・エンジンと呼ぶ方が通りがいいみたいです。それはともかく、マツダは1967年に国内初、そして量販のマルチローターは世界的にも初となる2ローターの10Aエンジンを搭載したコスモスポーツを発売しています。マツダ・コスモスポーツ

 量販モデルとはいえ、148万円の価格は庶民にとって高根の花でしたが、同社の主力モデルとなった2代目ファミリアの2ドアクーペに10Aエンジンを搭載したファミリア・ロータリークーペが1968年に登場。70万円の価格はレシプロ・エンジン(1169ccの直4OHV)を搭載したファミリア1200の2ドアセダンに比べて19.5万円高価でしたが、それでも庶民に手が届くところまで近づいてきた、スーパースポーツな1台となっていました。マツダ・ファミリア・ロータリークーペ

 マツダでは、REのパフォーマンスをアピールするには、やはりモータースポーツに参加するのがベストとの判断から、まずはコスモで1968年のニュルブルクリンク84時間“マラソン・ド・ラ・ルート”に参戦しています。マツダ・コスモスポーツ

 そして翌1969年にはファミリア・ロータリークーペで2度目の“マラソン・ド・ラ・ルート”やスパ フランコルシャン24時間に参戦し、スパでは5~6位入賞を果たしています。さらに1970年にもニュルブルクリンク6時間とスパ フランコルシャン24時間に参戦し、ニュルブルクリンクでは4~5位入賞を果たしています。マツダ・ファミリアロータリークーペ

 また1972年にはサバンナでキャラミ9時間、ケープ3時間に出場し、それぞれ総合6位、総合8位となり、ともにクラス優勝を果たしています。その一方で国内でも1970年代に入ってからプライベートでの参加に加えて、ワークスチーム/ドライバーの参加も目立つようになっていきました。

 コスモスポーツもファミリア・ロータリークーペも、搭載しているのは10Aエンジンで排気量は491cc×2ローター×2(RE係数)=1964ccに換算。最高出力はコスモスポーツのカタログデータでは110ps、ファミリア・ロータリークーペは100 psとなっていますが、ワークスカーのレース仕様では約200psだったと伝えられています。マツダ・コスモスポーツ

 国内レースでも主戦マシンとなったファミリア・ロータリークーペは、コンパクトなボディに巨大なオーバーフェンダーを装着。エキゾーストノートも大きかったのですが、それらに対してクレームがつけられるケースも少なくありませんでした。マツダ・ファミリアロータリークーペとハコスカ

1971年にデビューしたマツダRX-3。コスモ、ファミリア、ルーチェなどに次ぐロータリーエンジンを搭載している。2ドアクーペと4ドアセダンが用意された。モータースポーツでも活躍し、スカイラインGT-Rの連勝記録を止めたことも有名だ。同車をあらためて振り返ろう。