動力源はまさかのロケット! 未来を行き過ぎていた実験車「オペルRAK」のハンパない存在感 (1/2ページ)

動力源はまさかのロケット! 未来を行き過ぎていた実験車「オペルRAK」のハンパない存在感

この記事をまとめると

  • 1920年代にオペルが実験していた「ロケットカー」
  • 「スパーク」製ミニカーを通じて振り返る
  • ロケット技術の草創期の夢が詰め込まれている

日本に再上陸するオペルはドイツの科学とともに歩んできた

 日本では久しく正規輸入が途絶えていたが、ステランティス連合傘下となったいま、再度の日本市場上陸がアナウンスされているオペル。同社は1862年、ドイツのアダム・オペルがミシン製造から事業をスタートさせ、その後ミシンに続き自転車の製造にも進出。さらに1897年にはリュッセルスハイムに自動車部門を立ち上げ、オペルはいよいよ自動車製造に進出し、1898年には最初の試作車が完成する。さらに1902年の8/9HPオペル・ダラックの成功を皮切りに、ドイツ最大の量産車メーカーへの道を歩み始めるのである。

「際立った個性はないが、手堅い設計で信頼性の高い実用車」というのが歴代オペル車の印象ではあるが、1920年代まではモータースポーツにも積極的で、各地のレースにも果敢に参戦し好成績をおさめた。また、第一次世界大戦後の1920年代には欧米各国で陸海空問わず、「未来の交通機関」のさまざまな実験が行われ、そんな時代にオペルが取り組んだのがロケット動力の研究だった。今回ご紹介するのは、そんなオペルの「ロケット自動車」たちである。

スパーク製ミニカー、右から順にRAK.1、RAK.2、RAK.3

ゴダードが初のロケット打ち上げに成功した2年後の意欲的な実験

 科学ジャーナリストのマックス・ヴァリエ、火薬技術者のフリードリヒ・ヴィルヘルム・サンダーらとともにフリッツ・フォン・オペル(創業者アダム・オペルの息子)が作ったロケット推進自動車が、オペルRAKシリーズである。RAKとはドイツ語のロケット(Rakete/ラケーテ)から。まず最初に製作されたのは、オペルの単座レーシングカーのエンジンを取り外し、シャシー後部に12基のロケットを取り付けたオペルRAK.1。1928年4月の実験当日はロケットが本調子ではなかったものの、同社のテスト・コースで約100km/hの速度を記録し、大きな話題となった。

オペルRAK.1

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