パフォーマンス的に優れたモデルではなかった……
僕が当時アルバイトをしていたローデムコーポレーションという会社では、導入車種を決定するのは社長と自動車部事業部長であった。といっても別段会議をするわけでもなく、ジュネーブショーのオフィシャルブック、オートモビル・レビューを見ながら「これ、いいじゃないか」なんてやるわけである。
僕が入って1年ほどたった時、大量にクルマを発注することになった。その時導入された1台がこのインターメカニカ インドラである。もちろん社長の鶴のひと声だ。発注はドイツで行うが、仕様に関してはこちらからあれこれ言える時代ではなく、どんなモデルが来るかはやって来るまで全く不明。果たしてやってきたインドラは、オペル製の直6エンジンを搭載したお世辞にもパワフルとは言い難いモデルであった。
6気筒を搭載したインドラはエキゾチックではあるものの、決してパフォーマンス的に優れたモデルではなかった。それにクルマのクオリティもお世辞にも良いとは言えなかった。そんなわけでなかなか売れずに残っていた。そしてどこへ行ったのかもわからないし、販売価格も残念ながら覚えていない。一度帰郷する会社のメカニックを送るため、上野駅までこのインドラで行ったことがある。
AT仕様だから気軽に乗りまわせるクルマだったことに加えて、ベースがオペルだからさほど故障の心配もなかった。その後に調べたところによると、インドラは合計127台が作られ、このうち60台がコンバーチブル、40台がクーペ。これに27台と言われる2+2のモデルが製造されたとされている。
2+2はスロープしたテールが特徴で、わが社にやってきたモデルはその27台のうちの1台。多くがシボレーのV8エンジンを搭載する中、数の少ないオペル製直6エンジンを搭載したモデルだったからなおさら貴重なクルマだった。まだ日本にあるのか、あるいは海外へ流れたか、はたまた土に還ったかは不明である。
フランク・ライズナーは2001年に他界し、現在は長男のヘンリー・ライズナーが会社を引き継いで経営しているそうだ。
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