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インターメカニカが「インドラ」に見た儚い夢。デザイナーはアルファ ロメオ「ティーポ33ストラダーレ」と同じスカリオーネでした【クルマ昔噺】

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TEXT: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)  PHOTO: 中村孝仁/Newspress

パフォーマンス的に優れたモデルではなかった……

僕が当時アルバイトをしていたローデムコーポレーションという会社では、導入車種を決定するのは社長と自動車部事業部長であった。といっても別段会議をするわけでもなく、ジュネーブショーのオフィシャルブック、オートモビル・レビューを見ながら「これ、いいじゃないか」なんてやるわけである。

僕が入って1年ほどたった時、大量にクルマを発注することになった。その時導入された1台がこのインターメカニカ インドラである。もちろん社長の鶴のひと声だ。発注はドイツで行うが、仕様に関してはこちらからあれこれ言える時代ではなく、どんなモデルが来るかはやって来るまで全く不明。果たしてやってきたインドラは、オペル製の直6エンジンを搭載したお世辞にもパワフルとは言い難いモデルであった。

6気筒を搭載したインドラはエキゾチックではあるものの、決してパフォーマンス的に優れたモデルではなかった。それにクルマのクオリティもお世辞にも良いとは言えなかった。そんなわけでなかなか売れずに残っていた。そしてどこへ行ったのかもわからないし、販売価格も残念ながら覚えていない。一度帰郷する会社のメカニックを送るため、上野駅までこのインドラで行ったことがある。

AT仕様だから気軽に乗りまわせるクルマだったことに加えて、ベースがオペルだからさほど故障の心配もなかった。その後に調べたところによると、インドラは合計127台が作られ、このうち60台がコンバーチブル、40台がクーペ。これに27台と言われる2+2のモデルが製造されたとされている。

2+2はスロープしたテールが特徴で、わが社にやってきたモデルはその27台のうちの1台。多くがシボレーのV8エンジンを搭載する中、数の少ないオペル製直6エンジンを搭載したモデルだったからなおさら貴重なクルマだった。まだ日本にあるのか、あるいは海外へ流れたか、はたまた土に還ったかは不明である。

フランク・ライズナーは2001年に他界し、現在は長男のヘンリー・ライズナーが会社を引き継いで経営しているそうだ。

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  • 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)
  • 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)
  • 幼いころからクルマに興味を持ち、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾る。 大学在学中からレースに携わり、ノバエンジニアリングの見習いメカニックとして働き、現在はレジェンドドライバーとなった桑島正美選手を担当。同時にスーパーカーブーム前夜の並行輸入業者でフェラーリ、ランボルギーニなどのスーパーカーに触れる。新車のディーノ246GTやフェラーリ365GTC4、あるいはマセラティ・ギブリなどの試乗体験は大きな財産。その後渡独。ジャーナリスト活動はドイツ在留時代の1977年に、フランクフルトモーターショーの取材をしたのが始まり。1978年帰国。当初よりフリーランスのモータージャーナリストとして活動し、すでに45年の活動歴を持つ。著書に三栄書房、カースタイリング編集室刊「世界の自動車博物館」シリーズがある。 現在AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)及び自動車技術会のメンバーとして、雑誌、ネットメディアなどで執筆する傍ら、東京モーターショーガイドツアーなどで、一般向けの講習活動に従事する。このほか、テレビ東京の番組「開運なんでも鑑定団」で自動車関連出品の鑑定士としても活躍中である。また、ジャーナリスト活動の経験を活かし、安全運転マナーの向上を促進するため、株式会社ショーファーデプトを設立。主として事業者や特にマナーを重視する運転者に対する講習も行っている。
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