フィアットが航空機用として開発した21Lエンジンをクルマに搭載
フィアットはクルマのみならず、鉄道、船舶、そして航空機も手がけている。前述した、最初に乗りたかったがダメ出しされたクルマ「メフィストフェレス」には、航空機用のエンジンを搭載していた。
このメフィストフェレスは、1908年に作られた「SB4」と呼ばれたグランプリカーをベースに、イギリス人のアーネスト・エルドリッジが速度記録挑戦用に改造したクルマで、その航空機用のエンジンは直列6気筒、じつに2万1706ccという、とてつもない排気量のものを搭載していた。そして1924年に、当時の陸上における最高速を記録したモデルでもある。
博物館には取材のため数日訪れた。初日はホテルまでフィアットからわざわざ迎えが来てくれたのだが、その迎えに来たクルマが、なんとフィアット「130クーペ」という、これまた稀少なピニンファリーナデザインの美しいクーペだったことに感動した。
その後は131のディーゼルモデルを貸し与えてくれたので、博物館の往復のみならず、これに乗ってモンブランを超えてスイスまで行った。しかし、帰る途中でボンネットから煙を吐いてストップしたのはご愛嬌。貸し出した館長も、「まあそんなこともあるさ」と意に介さなかった。
時代を超えて受け継がれるフィアットの遺産
博物館自体は決して大きくなく、展示されていたクルマも当時はせいぜい20台ほどだったと記憶する。とくに古い名前もわからないようなモデルが多く、だから「好きなクルマを」といわれたときに、スタイルの良かった、あるいは知っている2台を選んだというわけでもある。
また、陸、海、空の乗り物すべてを製造していたことからそれらの展示も多かったことや、車種が多かったためか、模型の展示で済ませていたものも多かった。
初期のモデルに関しては、正直なところ名前や来歴などがわからない。だから、ある程度多くの皆さんが知っているようなクルマをいくつかお見せしようと思う。
その1台は「ティーポ・ゼロ」と呼ばれるクルマで、一般的には「12/15hp」とも呼ばれている。このクルマはピニンファリーナの前身ともいえる、バッティスタ・ファリーナが初めてデザインを手がけたモデルとして知られている。
有名な「バリラ」もある。タイプ名は「フィアット508」。ボディタイプはいろいろとあるが、ここにあるのは「スパイダー・スポルト」。サブネームに「コッパドーロ」が付き、このデザインはカロッツェリア・ギヤが行った。ギヤに最初の成功をもたらしたモデルでもある。
その後チェントロ・ストリコを訪れる機会はなく、今はステランティス傘下のヘリテージセンターに車両が移されているものもあるようだが、チェントロ・ストリコ自体は現在も存在する。
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