1966年ジュネーブショーでデビュー!
V12横置き「P400ミウラ」の超革新性
エンジンが載っていないクルマをモーターショーに出品する。そんな前代未聞の裏技で1966年のジュネーブ・ショーを激震させたのが、ランボルギーニ「P400ミウラ」です。マルチェロ・ガンディーニの究極の造形美と、V12横置きミッドシップはいかにして市販化されたのでしょうか。スーパーカーの歴史を覆した伝説の名車ですが、その過酷な開発の裏側と圧倒的な歴史的価値を解き明かします。
エンジン未搭載でジュネーブショーに展示!
プロトタイプから量産型への過酷な道のり
ベルトーネ在籍時のマルチェロ・ガンディーニによる、まさに究極的ともいえる美しさを持つボディ。それが組み合わされ、1966年のジュネーブ・ショーでデビューを飾ったランボルギーニ「P400ミウラ」。このモデルにミウラの名が与えられるに至ったバックストーリーは、前回紹介したとおりだ。ちなみに「P400」のPはイタリア語の「Posteriore(後方)」を意味し、4Lのエンジンを後方に搭載していることを物語る。
1965年のトリノ・ショーに突如として姿を現し、世界を驚かせたローリングシャシー「TP400」(「TP」はイタリア語で横置き・後方(Trasversale Posteriore)を意味します)。その開発に始まり、1966年ジュネーブ・ショーでのスタイリング・プロトタイプ発表に至るまでの短い期間、ランボルギーニのエンジニアリングチームがいかに多忙を極めたかは想像に難くない。じつはこのプロトタイプにはV型12気筒エンジンは搭載されておらず、エンジンルーム内に多量の書類を収めて車高を低く見せていた。当時セールス・ディレクターであったウバルト・ズガルツィは後にそう証言している。
生産型のP400ミウラが完成するまでの間、ランボルギーニのファクトリーでは2台のプロトタイプ(S/N:0502、0706)が製作された。ジャンパオロ・ダラーラはまず、V型12気筒エンジンを収めるスペース不足を解消するため、ホイールベースをTP400の2460mmからP400では2500mmに拡大している。同時にキャビンの居住性を高めるため、ルーフラインを10mm高めることをベルトーネにリクエスト。シートの装着位置もローダウン化されている。
プロトタイプの走行テストを繰り返したボブ・ウォレスからは、キャビンの熱対策も問題視された。結果としてスタイリング・プロトタイプで採用されていたリアウインドウは、より放熱効果の高いルーバー式へと変更。ルーフ後端にも細いスリットが設けら、よりエンジンルーム内の熱対策を施された。前後してヘッドランプも、固定式からポップアップ式へと変更されている。さらに、V型12気筒エンジンの回転方向がTP400とは逆方向になったこと、クラッチがトリプルプレートからシングルプレートとなったことも、プロダクションモデルの大きな特徴だ。
その後2台のプリプロダクションモデル(S/N:0862、0961)を製作したランボルギーニは、1966年12月29日についに最初のプロダクションモデルを完成させる。デリバリー先として選ばれたのは、レーシングドライバーとしても活躍したジェリーノ・ジェリーニが経営するミラノのスポーツカーディーラー「ランボカー」だった。


















































