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ランボルギーニ「ミウラSV」の同じクルマが 5年で1.5倍7億円超えに高騰した理由とは

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TEXT: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)  PHOTO: 2026 Courtesy of RM Sotheby's  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
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  • 445万219ドル(邦貨換算約7億1203万円)で落札されたランボルギーニ「ミウラSV」(C)Courtesy of RM Sotheby's
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イオタ仕様から「完全なオリジナルSV」への復元こそがオークション価格高騰の最大理由!?

RMサザビーズのパリオークションに出品されたランボルギーニ「ミウラSV」が約7億1203万円(445万219ドル)で落札されました。一時は「イオタ」仕様に改造されるも、歴代オーナーの情熱によりオリジナルの姿へと復元された数奇な運命を持つ1台です。わずか5年で落札価格が約1.5倍にまで跳ね上がった、過熱するクラシックカー市場の現状と、この個体が持つ歴史的価値を紐解きます。

傑作の誉高い最終型ミウラSVだったが、カウンタックプロト発表の陰に隠れて目立たない存在に…

お金持ちが意を決して大規模なレストアをクルマに加えると、完成した暁にはどうも飽きてしまうのか、比較的早期に手放すケースが多い。私の友人も、作る過程が楽しいので作り終えると飽きてしまうと言っていたし、かく言う私自身も、5年ほど所有した「ベレット 1600GTR」のレストアに1年ほどかけたものの、完成してから半年も待たずに売却した経験がある。

今回のテーマであるランボルギーニ「ミウラSV」、シャシーナンバー「#4840」も、最後のオーナーは改造されたボディをオリジナルに戻すレストアが完成してから数年後に売却している。まあ、いろいろ事情はあるだろうが、案外そういう人は多いというのが持論である。

さて、ランボルギーニのなかでも傑作の誉れ高い「ミウラ」。それも最終型のSVは、ランボルギーニ ミウラ レジスターによれば、1971年〜73年までに147台生産されたモデルである。最終型となったこのクルマのデビューは1971年のジュネーブショー。同じ年のベルトーネ・スタンドに、ミウラにとって代わる新世代のランボルギーニ、カウンタックのプロトタイプが登場していたために、まったく目立たない存在になってしまった。

「SV」はパワーとシャシー剛性のアップに加えリアトレッドのワイド化で戦闘力高めた完成形!

変更されたのはエンジン、シャシー、ボディの多岐にわたり、本来なら注目を集める存在であったはずである。具体的な変更点はすでに多く述べられているので端折るとして、あまり語られていないインテリアの変更点を記しておこう。

SVとなって変わったのは、キーシリンダーの位置が、従来のシフトレバー左上の位置から、ステアリングコラムに移動して、ステアリングロックを兼ねたことである。それ以外の部分は、ほぼミウラSと同じである。ところがすべてのモデルがそうではなかったようで、今回取り上げる「#4840」のこのクルマは、それまでのミウラ同様、シフトレバー右上にキーシリンダーが存在する。

このミウラは1971年6月25日に、イタリアのディーラー、リゲッティに納車されたモデルである。ボディカラーはロッソコルサ、そしてインテリアは上品なブルーのレザーで仕立てられていた。そして翌1972年に、ドイツのオーナーの元へと納車されている。

1972年に1stオーナーが購入しイオタ仕様に改造、2015年ついにオリジナルSVへの回帰を決断

最初のオーナーは売却する1977年までの間に、このクルマを少なくとも外観上は「イオタ」に見える姿に改造を加えている。イオタに見えるようにするための変更点としては、プレキシガラス製のカバー付き固定式ヘッドライトの取り付け、ラジエーター用の大型排気口をボンネットに設けること、レーシング仕様の燃料給油口キャップ用の開口部を、中央に設けることなどが挙げられる。

1978年にはオーナーが変わり、さらに1997年まで3人目のオーナーの元にこのクルマはあった。そして同じ年に4人目のオーナーに渡ってから、大幅なレストア作業が断行されている。

2015年に前オーナーがドクター・エトカー・コレクションからこのクルマを入手し、検討した結果、ボディをオリジナルの仕様に戻す決断をし、再び大胆なレストア作業が始まった。ボディと塗装はイタリアのカロッツェリア・バッタリア・ボロネーゼが担当し、ベアメタル状態まで戻してからイオタ風のパーツを取り外し、オリジナルの格納式ヘッドライトを取り付けた。さらに内装はオート・インテルニがオリジナルのブルーに張り替え、メカニズムは元ランボルギーニ工場長のオラツィオ・サルヴィオリらによるトップ・モーターズが手がけた。

同じSVが5年で落札価格が1.5倍に高騰…過熱するクラシックカー市場は投機目的にも似た様相!?

およそ1年をかけた作業は2016年に完成したが、数年後にはベルギーのオーナーへと売却されている。そして2024年には、ランボルギーニ ポロ・ストリコの認定を受けた。何度かの大きな改修を受けたものの、このクルマは再びオリジナル状態を取り戻したのである。

ハンマープライスは2026年1月28日のオークションで445万219ドル(邦貨換算約7億1203万5040円)である。かつて2021年のオークションで293万3211ドル(邦貨換算約4億6931万3760円)で落札され、ミウラSVとしては最高値の新記録を樹立したこのクルマが、わずか5年で1.5倍ほどの価格にまで上昇している。やはりクラシックカーの相場は過熱している。

見事にオリジナルへと復元され、歴史的価値も頂点に達した至高のミウラ。だが、前オーナーもまた「完成してしまったから」という理由で手放したのだろうか。途方もない落札価格もさることながら、極限までやり切ってしまうと急に熱が冷めてしまうという、クルマ好き特有の“性(さが)”が垣間見えるような、なんとも味わい深いオークション結果である。

※為替レートは1ドル=160円(2026年4月2日時点)で換算

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  • 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)
  • 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)
  • 幼いころからクルマに興味を持ち、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾る。 大学在学中からレースに携わり、ノバエンジニアリングの見習いメカニックとして働き、現在はレジェンドドライバーとなった桑島正美選手を担当。同時にスーパーカーブーム前夜の並行輸入業者でフェラーリ、ランボルギーニなどのスーパーカーに触れる。新車のディーノ246GTやフェラーリ365GTC4、あるいはマセラティ・ギブリなどの試乗体験は大きな財産。その後渡独。ジャーナリスト活動はドイツ在留時代の1977年に、フランクフルトモーターショーの取材をしたのが始まり。1978年帰国。当初よりフリーランスのモータージャーナリストとして活動し、すでに45年の活動歴を持つ。著書に三栄書房、カースタイリング編集室刊「世界の自動車博物館」シリーズがある。 現在AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)及び自動車技術会のメンバーとして、雑誌、ネットメディアなどで執筆する傍ら、東京モーターショーガイドツアーなどで、一般向けの講習活動に従事する。このほか、テレビ東京の番組「開運なんでも鑑定団」で自動車関連出品の鑑定士としても活躍中である。また、ジャーナリスト活動の経験を活かし、安全運転マナーの向上を促進するため、株式会社ショーファーデプトを設立。主として事業者や特にマナーを重視する運転者に対する講習も行っている。
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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

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