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創業者への反逆から生まれた傑作車、ランボルギーニ「P400ミウラ」の偉大な遺産とは!?【ミウラ生誕60周年_最終回】

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TEXT: 山崎元裕(YAMAZAKI Motohiro)  PHOTO: Automobili Lamborghini S.p.A.  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

  • ランボルギーニ ミウラ:流麗なボディのオレンジの個体。現代でも色褪せない圧倒的なオーラだ
  • ランボルギーニ 400GT:美しいスタイリングが特徴の、初期V12エンジン搭載GTモデルだ
  • ランボルギーニ エスパーダ:大人4人が快適に移動できる、フル4シーター仕様の贅沢なモデルだ
  • ランボルギーニ イスレロ:400GTの後継モデル。直線基調のデザインが際立つ美しいクーペだ
  • ランボルギーニ ハラマ:イスレロの後継となる高性能GT。エッジの効いた姿が目を引く1台だ
  • ランボルギーニ ウラッコ:ポルシェ911に対抗すべく開発された、V8搭載のミッドシップだ
  • ランボルギーニ カウンタック:ミウラの後継車。鋭角なウェッジシェイプで世界を驚かせた名車だ
  • ランボルギーニ ミウラ:リアカウルを下るルーバーが、ミッドシップであることを物語る意匠だ
  • ランボルギーニ ミウラ:独特のヘッドライトと滑らかな曲線が織りなす、芸術品のような造形だ
  • ランボルギーニ 関連施設:工場内にズラリと並べられた、ミウラに搭載される美しいV12エンジンだ
  • ランボルギーニ ミウラ:生誕60周年の記念ディスプレイ。ミウラの偉大な歴史を伝える貴重な1枚だ。
  • ランボルギーニ ミウラ:天才エンジニア3名が並ぶ、ブランドにとって歴史的価値の高い1枚だ
  • ランボルギーニ J:固定式ライトや大型カナードを備え、精悍さを増したフロントマスク
  • ランボルギーニ J:ミウラとの共通外板はルーフのみ。専用設計された真紅のボディ
  • ランボルギーニ ウラッコ:若かりし頃のボブ・ウォレス。勤務時間外に作られたワンオフを生み出した男だ
  • ランボルギーニ ミウラ コンセプト:巨匠ガンディーニの傑作を現代の基準で再構築
  • ランボルギーニ ミウラ コンセプト:当時大きな議論を呼んだV12エンジンの縦置き
  • ランボルギーニ P400Sミウラ: 車両に搭載されたV型12気筒エンジン。巨大なキャブレターが並ぶ大迫力の光景は、現代のクルマにはない、機械としての生々しい鼓動と機能美を強烈に感じさせる
  • ランボルギーニ P400Sミウラ: P400Sからはパワーウインドウが標準装備化。さらにエアコンもオプションで選択できるようになるなど、スーパーカーでありながら快適性も大きく引き上げられた
  • ILZRO ミウラ Zn75:世界中のモーターショーを巡り、数奇な運命を辿った「Zn-75」時代の貴重な野外カット
  • ILZRO ミウラ Zn75:モスグリーンに塗られた流麗なリアビュー。マフラーなどのパーツも特殊素材で再構築
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:クーペの屋根を切っただけではない。細部まで徹底的に作り込まれたロードスターの造形
  • いろとりどりのランボルギーニ ミウラ。流麗なボディには何色でも似合う

誕生60周年を迎えたランボルギーニ P400ミウラの生い立ち

1966年に世界中を驚かせた画期的デビューを果たし、2026年で生誕60周年を迎えたのがランボルギーニ「P400ミウラ」です。スーパーカーの始祖とも呼ばれるこの名車は、創業者フェルッチオ ランボルギーニの意向とは裏腹に、若きエンジニアたちのモータースポーツへの情熱から生まれました。天才的な技術者やデザイナーが関わったその生い立ちと、後のモデルに与えた影響を振り返ります。

創業者と若き天才エンジニアたちとの情熱の交錯

1966年に誕生したランボルギーニ「P400ミウラ」は、その後のランボルギーニの歴史を変える大きな転機となったモデルだった。高性能でかつラグジュアリーなGT(グランツーリスモ)を生産することを目的に、サンタアガタ ボロネーゼの地にランボルギーニ社を設立したフェルッチオ ランボルギーニ。

だがこの新たな自動車メーカーに活躍の場を求めた若く優秀なエンジニアが夢見たのは、後にスーパーカーの始祖と呼ばれることになる、V型12気筒エンジンをミッドシップ搭載することで、究極の運動性能を実現したモデルを生み出すことだった。それに対する熱意は、あるいはフェルッチオに対する反逆心といえたのかもしれない 。

モータースポーツへの熱意が形になったプロトタイプ

P400ミウラの開発プロジェクトで中心的な役割を果たしたジャン パオロ ダラーラが、モータースポーツに強い熱意を抱いていたこともすでに触れたとおりである。それまで在籍していたマセラティがモータースポーツ活動から撤退したことを直接の理由に同社を退職。

ランボルギーニへと迎え入れられた彼には、モータースポーツへの進出が新興勢力のプロモーション活動には必要不可欠なものだろうという考えがあったはずだが、フェルッチオはそれに一切の興味を示さなかった。

P400ミウラのプロトタイプともいえるベアシャシーのランボルギーニ「TP400」は、フェルッチオにモータースポーツ参戦を意識させるためのものであったと考えることもできる 。事実それが発表された1965年のトリノショーでは、ランボルギーニがモータースポーツの世界に第一歩を踏み出したと見る者も多かった。

芸術的なボディとワンオフモデルの誕生

だがその夢は、ベルトーネのチーフスタイリストであったマルチェロ ガンディーニがデザインした、まさに芸術品ともいえるボディを組み合わせてP400ミウラが完成しても、あるいはその後テストドライバーのボブ ウォレスが、当時FIAが定めていたプロトタイプクラスの車両規定をベースとした、ワンオフモデルのランボルギーニ「J(イオタ)」が製作されても叶うことはなかった。ちなみにダラーラは、このJの製作を待たずして1968年にランボルギーニからデ トマソへと移籍している。

P400ミウラで一躍世界にその名を知られるようになったランボルギーニだが、その一方で創業以来の伝統であるGTにもさまざまなニューモデルが登場した 。1968年にはそれまでのランボルギーニ「400GT」の後継車となるランボルギーニ「イスレロ」が、またこの年にはフル4シーターGTのランボルギーニ「エスパーダ」もラインアップに加わった。残念ながら販売が低迷したイスレロは、高性能版のランボルギーニ「イスレロS」を含めても、わずかに2年生産されたのみ 。1970年にはランボルギーニ「ハラマ」に市場を譲る。

スーパーカーメーカーとしての地位を確立した遺産と創業者の撤退

ダラーラの後を受けて、チーフエンジニアとなったのは、後にランボルギーニ「カウンタック」やランボルギーニ「ウラッコ」できわめて独創的なエンジニアリングを実現することになるパオロ スタンツァーニだ。

1970年代を迎える頃には、すでにランボルギーニにはスーパーカーメーカーとしてのイメージが定着しており、スタンツァーニはP400ミウラの進化とともに新世代の12気筒ミッドシップ車、そしてフェルッチオからの指示により、ポルシェ「911」をライバルとする、より低価格なモデルを開発することに迫られる 。そして前者は1973年にランボルギーニ「カウンタックLP400」として、また後者はそれに先駆けて1970年にランボルギーニ「ウラッコP250」として発表されたのである。

だがそれに前後して、フェルッチオはランボルギーニの株式を売却して(正確には1971年と1974年に、それぞれ51%と49%を売却している)経営から撤退 。今年で生誕60周年を迎えたP400ミウラ、そしてその一連のシリーズは、創業者たるフェルッチオが直接リーダーシップを執った時代に生まれ、そしてランボルギーニというブランドのイメージを決定づけたプロダクトだったのだ 。その魅力、そしてスーパーカーの始祖としての価値は、これからどれだけの時間を経ても変わることはないだろう 。

スーパーカーの始祖としての「ミウラ」の歴史的価値は計り知れず、近年の世界的なクラシックカーオークションでは、2億円から3億円を超える価格で落札されることも珍しくない。まさに走る芸術品として、世界中のコレクターから羨望の眼差しを集め続けている。

>>>過去のミウラ伝説を読む

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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

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