NISMO FESTIVAL 20th anniversary『ニスモフェスティバルの20年史を振り返る2001~2005』 (1/5ページ)

NISMO FESTIVAL 20th anniversary『ニスモフェスティバルの20年史を振り返る2001~2005』

日産/NISMOを身近に感じる感謝祭がスタート
20年の歴史を振り返る

自動車メーカー系が主催するモータースポーツファン感謝イベントとして最も古い歴史を持ち、熱いファンが大挙する「NISMO FESTIVAL」が2017年で記念すべき20回目を迎えた。
今回はその歴史を振り返るとともに、この熱きイベントの裏舞台にも迫った!ニスモフェスティバル、星野一義、グループC、ニスモフェスティバルの歴史、ドリフト、GT-R、フェアレディZ、ハコスカ、ニスモ、

新型Zのお披露目に日米約90台の歴代車が集結

『2001y 第5回ニスモフェスティバル』

世界最速のモンスター“グループCカー”の共演が実現

01年の主役はGT–RではなくフェアレディZ。発売前のZ33型の左ハンドル車両を持ち込み、日本のファンにPRした。アメリカからZの父こと片山豊氏(故人)が登壇。カルロス・ゴーン社長、来場者と共に復活を祝った。ニスモフェスティバル、星野一義、グループC、ニスモフェスティバルの歴史、ドリフト、GT-R、フェアレディZ、ハコスカ、ニスモ、

 

ポルシェ962Cが来襲日産R92CPと大バトル

過去4年間はGT-Rをメインにしたイベント構成だったが、第5回は日産スポーツカーであるフェアレディZにスポットが当てられた。これは直前の東京モーターショーで新型のZ33がお披露目され、翌年夏に発売されることが決まっていたことが大きな理由であった。
この年のメインコンテンツは歴代Zのパレードラン。先頭を走るのは北米仕様のZ33型。ドライバーはカルロス・ゴーン社長、その横には“Zの父”として国内外で有名な片山豊氏が座るというなんとも豪華な組み合わせで富士に集まったファンに走る姿を初めて披露した。

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フェアレディZの復活を祝うため、アメリカからIMSA仕様のZ32型フェアレディZ(写真)とBRE仕様のダットサン510が持ち込まれたのだ

また、Zの第2の故郷といえるアメリカで活躍した往年のレースカーとレジェンドドライバーも招待。BRE仕様の510型ブルーバードに乗るジョン・モートン、そしてIMSA仕様のZ32型フェアレディZに乗るスティーブ・ミレンの二人だ。
さらに幻のLY28エンジンを搭載した初代フェアレディZレーシングがレストアされ、“Z使い”の異名をとった柳田春人氏のドライブでその雄姿をファンに見せ付けた。

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ル・マン24時間レースで雌雄を決した最大のライバルであるポルシェ962Cが2台登場。迎えるは日産が誇るグループCカーの最終型であるR92CP×2台。’80年代後半から’90年代前半の熱き覇権争いを目の前で繰り広げた。

そして、もうひとつの目玉として用意されたのが、グループCカーによる走行。日産からはYHPとカルソニックのR92CPが2台。さらにタイサンとシェルのポルシェ962Cが持ち込まれ、異次元の高速バトルを再現。最高速300km/hを軽く超えるというストレートの圧倒的なスピードに観客は酔いしれた。
この年の来場者数は前年を上回り、ついに4万5000人を記録。名実ともにビッグイベントに成長した。

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エキシビジョンとして行われたマーチレースに影山正美選手と本山哲選手が参加。最後尾スタートで追い上げたが、マーチ使いに太刀打ちできず。
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2年目を迎えたチューニングカーの真剣勝負「GT–R&シルビアチューニングカーバトル」は台数が増加。R34Z-tuneはその中でも速さを見せつけた。
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この年は4万5,000人の日産/NISMOファンが富士を埋め尽くした。フィナーレでは安達二郎社長(当時)が声援感謝の気持ちと来場者に伝えた。

 

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