「街で知り合った直後に美女と愛車交換」「納車にワインを用意」! いまじゃ考えられないバブル時代のカーライフ (1/2ページ)

「街で知り合った直後に美女と愛車交換」「納車にワインを用意」! いまじゃ考えられないバブル時代のカーライフ

この記事をまとめると

  • クルマを持つことが恋愛の必須項目だったバブル時代
  • バブルを謳歌したシティボーイのカーライフは奇想天外
  • 憧れて買ったマセラッティはベンツやBMWに適わず……

いまでは考えられない美女と1泊2日の愛車交換

 ゴルフIIの次に手に入れたのは、バブル時期に「六本木のカローラ」と呼ばれたE30型BMW325iスポーツパッケージだった。このころの男女の関係は、今では信じられないほどフランクで、ある日、クルマ好きなら誰もが気になっていたメルセデス・ベンツ190Eと青山通りのブラッセリ―前で遭遇。BMWをそのすぐ後ろに止め、ブルーブラックの190Eをジロジロ眺めていたら、ブラッセリ―から出てきたオーナーらしき女性と目が合う。じつに妙齢の美女である。

 そして声をかける。「このブラックの190E、カッコいいですね」と。『ありがとう、そのBMWあなたの? じつは、本当は真っ赤な3シリーズが欲しかったの……」。それで、瞬間的に意気投合。ふたりでブラッセリ―に戻り、クルマ談義に花を咲かせたのである。E30型BMW325iスポーツパッケージ

 ここからが今では考えられないのだけれど、そのあと美女とクルマを交換。明後日の同じ時間にブラッセリーで待ち合わせ、クルマを元に戻すという愛車の交換を行ったのである。もちろん2日後、ちゃんと彼女はそこ来てくれて、無事BMWは戻ってきた。ずいぶん年上ではあったけれど、その後、たしか付き合った記憶がある。いまなら、いくら素敵な女性だとしても、アカの他人とクルマを交換するなんて、乗り逃げされる可能性もあるワケであり得ない話である。だが’80年代は男女の関係もかなりゆるく、好景気だったこともあってか金銭的にも精神的にも余裕があったからこそのエピソードである。

ヴィンテージ赤ワインで祝ったマセラッティ・ビトゥルボの納車

 そのBMW325iの次の愛車が、ある意味でボクの運命を変えた一台。ダークスモーキークォーツに塗られたマセラティ・ビトゥルボだった。当時は東京・世田谷のガレーヂ伊太利屋というディーラーが日本の輸入代理店で、敷居の高さもさることながら、サービスもホストクラブみたいに充実していた。そのクルマがイタリアのサヴォーナという港から船積みされて、日本の大黒ふ頭にやってくるまでの50日(うろ覚えです)を綴る、現在も発行されているドライバー誌のなかで「マセラティを待つ50日」という連載を持っていた。マセラッティ・ビトゥルボ

 すでにフィアット・ウーノ(CVT)の所有経験があり、当時、フィアットの輸入代理店は東京・世田谷のチェッカーモータースであったが、ありがたいことにカタログのコピーを書く仕事までいただいたこともあった。もちろんマセラッティは同じイタリア車でもフィアットとは違い特別な存在。自分のビトゥルボが届くことにワクワクし、心待ちにしていた。バローロというヴィンテージ赤ワインまで用意して……(下のマセラティの本革製車検証ケースとキー、バローロの写真は「ぼくたちの外車獲得宣言」の巻頭カラーページより)。ビンテージ赤ワインとマセラッティの車検証とキー

好景気で浮き足立っていた'80年代中頃から'90年代初頭のバブル時代。街には六本木カローラと揶揄されたBMWやベンツが溢れ、クルマを武器に恋愛に勤しんだシティボーイたち。そんな今では考えられないような奇想天外の連続だった筆者が経験した'80sカーライフを振り返る。