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日産ターボ3兄弟の長男「スカイラインターボ」伝説! スーパーシルエットは最強のハコ車でした【Before Super GT】

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TEXT: 原田 了(HARADA Ryo)  PHOTO: 原田 了

富士では観客全員が立ち上がって応援

スカイラインにシルビア、ブルーバードのターボ三兄弟はノバ・エンジニアリングで同時進行で製作が進められましたが、先に触れたようにスカイラインの完成が最も遅く、デビューレースは1982年5月の筑波サーキットでした。このデビュー戦では予選2位を奪うのですが、決勝では残念ながら2周でリタイアしています。

しかし2戦目となる8月の富士、RRCチャンピオンズレースのスーパーシルエット(SS)レースでは予選3番手から決勝では見事な逆転優勝。その時の印象を長谷見さんはレース後に次のような感激のコメントを残しています。

「最終コーナーを立ち上がってくると、スタンドを埋めたお客さんが全員立ち上がって応援してくれるのが運転していても分かった」

そして檜舞台となる富士グランチャンピオン(GC)のサポートレースとなっていたSSレースでは、9月の第3戦と10月の第4戦に参戦し、2戦連続で予選2位を奪い、第3戦の決勝は雨天中止となりましたが第4戦では見事優勝を飾ったのです。

デビューの1982年から1984年までの19戦で9勝を飾っている

翌1983年はGCサポートのSSレースでは第1戦で予選2位から決勝でも2位を奪ったものの2戦から4戦までは3戦連続のポールを奪いながら、やはり3戦連続してリタイアを喫してしまいました。それでもRRCチャンピオンズのSSレースでポールtoウィンを飾るとともに筑波で2勝、菅生で1勝。そしてJAF鈴鹿グランプリのSSレースでも優勝し、デビューの1982年から1984年までの19戦で9勝を飾っています。

グループ5の車両規定に則って設計製作されたスカイライン・ターボは、市販車輌のモノコックの、キャビン部分を残して前後を切り落とし、そこに鋼管のスペースフレームを組みつけたシャシーを採用しています。ただし設計の考え方としては鋼管スペースフレームにキャビン部分のモノコックを張り付けた格好だと、設計を担当したノバ・エンジニアリングの森脇基恭さんは、当時のインタビューに応えていました。日産スカイライン ターボのフロントセクション

レギュレーションではベースモデルのサスペンション(の基本方式)は変更できないためにフロントサスペンションはストラットでリアはセミ・トレーリングアーム。搭載されたエンジンは4気筒のL型をベースにツインカム16バルブのスペシャルヘッドを組みつけてエアリサーチ社製のターボチャージャーで武装したLZ20BT(排気量は2139㏄でボア×ストローク=89.0mmφ×86.0mm。最高出力は570ps)でダグナッシュ製の5速トランスミッションと組み合わせていました。ボディサイズは全長5065mm×全幅1980mm×全高1239mmでホイールベースは2615mmでベースモデルと同寸。車両重量は1005kgに仕上がっていました。

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  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • ライター。現在の愛車は、SUBARU R1、Honda GB250 クラブマン、Honda Lead 125。クルマに関わる、ありとあらゆることの探訪が趣味。1955年、岡山県倉敷市生まれ。モータースポーツ専門誌の地方通信員として高校時代にレース取材を開始。大学卒業後、就職して同誌の編集部に配属。10年間のサラリーマン生活を経て90年4月からフリーランスに。モータースポーツ関連の執筆に加え、オートキャンプからヒストリックカーイベントまで幅広く取材。現在ではAMWに、主にヒストリー関連コラムを執筆。またライフワークとなった世界中の自動車博物館歴訪を続け、様々な媒体に紹介記事を寄稿している。
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