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ガンディーニを偲んで『ティーポ』創刊編集長の「オートモビルカウンシル2024」放浪記…1台のクルマが青春と人生の道しるべを示してくれた

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TEXT: 山崎憲治(YAMAZAKI Kenji)  PHOTO: 山崎憲治(YAMAZAKI Kenji)/AMW

  • マツダRX500
  • 会場で最も注目を集めていたのが、故マルチェロ・ガンディーニ作品を5台集めた「In Memory of Marcello Gandini」
  • ガンディーニ作品は、まさしく珠玉というべき5台だった
  • ランボルギーニ ミウラP400(1968)
  • ランボルギーニ カウンタック LP400(1975)
  • ブリストル406(1960)
  • デ・トマソ パンテーラGT4
  • 初代 ゴルフE(1980)
  • フェラーリ250GTクーペ ピニンファリーナ(1960)
  • マツダブースには「アイコニックSP」と「RX-EVOLV」も展示された
  • ホンダブースにはシビックが3台展示された
  • 「AE86 BEV コンセプト」、「観音開きクラウン」、「見直そうクルマ作りをそして未来へ」、の思いが見えるトヨタブース
  • 日産ブースにはプリメーラ、シルビア、フィガロ、リーフを展示
  • セナが初優勝を飾った1985年JPSロータス97Tルノーの姿も
  • マルボロ・マクラーレンMP4/5Bホンダに1991年MP4/6ホンダが並んでいた
  • 主催者テーマ展示の特別企画「アイルトン・セナ没後3年特別企画 駆け抜けた天才の記憶」
  • ディーノ308GT4(1974)
  • 2024年の目玉とも言えた「フォルクスワーゲン・ゴルフ50周年記念展示 supported by フォルクスワーゲン・ジャパン」
  • 三菱はパリダカ、WRCの歴史にこだわる展示をしていた
  • ランボルギーニ400GTエスパーダ・シリーズ2(1970)
  • ランチア ストラトスHF ストラダーレ(1975)

また舞い戻ってきた、あの頃に

2024年で9回目の開催となる「AUTOMOBILE COUNCIL 2024(オートモビルカウンシル)」が、4月12日〜14日に千葉県・幕張メッセで開催されました。古今東西のヘリテージカーから最新EVまで展開されたイベントを、モーター&マリン・ジャーナリストの山崎憲治氏がレポートします。日本カー・オブ・ザ・イヤーの評議委員も務める大ベテランの目に、会場はどう映ったのでしょうか。

故マルチェロ・ガンディーニ追悼展示が急遽開催

「クルマを超えて、クルマを愉しむ」。

まずは会場を見下ろす。さる3月13日(水)に永眠した奇才、伝説のカーデザイナー、マルチェロ・ガンディーニ(イタリア/享年85歳)を偲んだ展示に吸い寄せられる。彼が生誕した1938年は、世界のカーデザインをリードするデザイナー3名が誕生している。イタルデザインのジョルジェット・ジウジアーロ、ピニンファリーナのレオナルド・フィオラバンティ、そしてベルトーネのマルチェロ・ガンディーニ。その後のカーデザインの金字塔を打ち立てる3名、歴史の同時性か。

マルチェロ・ガンディーニの作品が間近に並ぶ。1966年に登場したランボルギーニ「ミウラP400」は、ジャン・パオロ・ダラーラのエンジニアリングによるミッドシップ横置きV12エンジン。ミウラのそのフォルム、流れるような造形美に驚いたものだ。その2年後にランボルギーニ「エスパーダ」が登場する。

よみがえるエスパーダとの思い出

深い青のランボルギーニ エスパーダ。あの時代の記憶とともにその時代に迷い込む。どこまでも低く限りなく長く、そのフォルムに懐かしさを覚えずにはいられなかった。もうずいぶんと昔、雑誌『ティーポ』創刊時の取材かそれ以前かあいまいだが、大阪に出向いた時に、強烈に記憶しているのはエスパーダに乗ったこと。

ほかのクルマの取材だった。オーナーが迎えに来てくれたのがフロントV12エンジン、3速オートマの4座席エキゾチックカー、ランボルギーニ エスパーダ。本来の対象車の取材を済ませ、エスパーダで伊丹空港までのドライブ。なんとも右リア後方の認識に苦しむものの、痛快なエキゾーストサウンドとともに走り出す。想像以上に軽やか、期待以上に面白く、日常使いにも十分、銭湯にも行ける。フェルッチオ・ランボルギーニの「世界最速の4シーターを」の片鱗を高速道路で垣間見はした。とくにリアシートはホールド性もありしっかりとリアシートをしていた。じつは初期の興奮が収まったのち、興味が失せていったのを思い出していた。

なぜか? 当時すでに、この隣に並ぶガンディーニ作品2台、ランボルギーニ ミウラのあでやかなスーパースポーツカーのインパクトと、続いて1974年に衝撃的な登場を果たしていたウェッジシェイプ、モノフォルム神話の始まりとなるランボルギーニ「カウンタック」の存在が、エスパーダの影を薄くしていたからだ。その頃はそんな空気に満ちていた。

今、会場でそのエスパーダの前に立っている。低く伸びやかに長く、繊細。あらためてそのプロポーションがもたらすフォルムの美しさに気づかされ、ほれぼれとしていた。もう叶わないが、乗りたい衝動に駆られている。そしてミウラ、カウンタックLP400、もう言うまでもない。

ガンディーニの最高傑作と今でも思うストラトス

どうしても立ち止まるのはランチア「ストラトス」。ガンディーニの最高傑作だと今でも思う。思い出すのはアリタリアカラーのワークスストラトスが初めて日本に来た時のこと。ラジオ関東で金曜深夜、土曜AM1時〜5時に生放送していた『ザ・モーターウィークリー』の人気企画、話題のニューモデルを持ち出し芝公園の周辺をぐるりとGCドライバー津々見友彦さんの助手席で体験する「深夜の試乗会」。中継車も出した話題企画だった。そこに登場したのがワークスストラトス。現場は大騒ぎ。ディレクターであるこちらはスタジオを離れられない、乗れずじまい。あの時乗っておけば……乗った聴取者の方が、この会場にいるかもと思い始めていた。伺いたいのはその時の興奮、印象、新鮮な感情だ。

日本ではどこか日陰の身のような扱いだった308GT4

ガンディーニ作のラストを飾るのは1973年パリサロンで登場したディーノ「308GT4」。フェラーリでありながらピニンファリーナデザインではなくベルトーネのガンディーニの作品。フェラーリ初のV8ミッドエンジン2×2。日本ではどこか日陰の身のような扱いだった308GT4。「308GTB/GTS」の流れるような形でなくウェッジシェイプなスタイリングに魅かれていた。1974年ル・マン24時間レースにはNART(ノース・アメリカン・レーシング)の「GT4LM」がエントリー、魅惑的な1台だった。数度試乗したうえに身近な人物が持っていたこともあり食指が動いていたが、他の人に嫁いでいったことがよみがえる。あの時、手にしていれば……。

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