大都会シカゴならではの魅力と歴史、そしてアクシデント
2024年の8月末から、アメリカをミシシッピ川沿いに南北縦断して音楽の歴史をたどる旅に出ることにした筆者。ブルースの故郷である「ミシシッピ・デルタ」を仲間と4人で巡った後は、ひとり旅。ニューオリンズのハーツレンタカーで借りたキア「スポーテージ」を“キムさん”と名づけて相棒とし、各地を巡って北上してきました。大都会、イリノイ州シカゴで知り合ったスタンドアップ・コメディアンのステージを観にいくことにしたのですが……。
本場のエンターテイメントを観にいく
9月26日、シカゴ郊外の安モーテルから市内のホテルに移った。夜にスタンドアップ・コメディアン、“Saku”さんのステージを観ることになっていて、郊外のモーテルでは不便だからとアドバイスされたのだった。たしかにステージが終わってお酒の一杯でも飲めば、長い距離の運転はよろしくない。
ところが、市内のホテルは高い。1泊3万円である。しかも、駐車場がなくて3ブロックも離れた市営駐車場に止めなくてはいけない。もちろん、駐車場代は別だ。何度も往復したくないので荷物を両手両肩に担いで、えっちらおっちら、なんとかチェックインした。
“Saku”さんが出演するラーフ・ファクトリー(Laugh Factory)は徒歩15分だ。開演の午後7時まで近所のレコードショップでお土産を物色したりして過ごす。6時半になり、そろそろ出かけようかと思っていると、“Saku”さんから連絡が入った。なんと、酔っ払いが劇場のドアをぶち壊す事件が発生、急きょ、公演が中止になったというのだ。本場のエンターテイメントを観られると期待していたので、本当にがっかり。これもアメリカの大都市ならではのアクシデントか……。
お互いに暇になったので、一緒に飲もうということになった。かわいい女性バーテンダーがいるバーに案内してもらい、いい調子になっていると、「もう1軒いきましょう」と誘われた。Uberを呼んでしばらく走って向かった先は日本風のスナック。妙齢のママが仕切る店は、日本人、アメリカ人が入り混じって大繁盛。海外生活の裏の一面を見た気がした。
チェス・レコードのミュージアムは至福のひと時
翌日はブルース・ファンなら一度は訪れたい、「チェス・レコード」のミュージアム・ツアーに参加した。シカゴ取材のハイライトだ。チェス・レコードは1950年にポーランド系のチェス兄弟によって設立されたレーベル。ブルースにエレクトリックを持ち込み、シカゴ・ブルースというジャンルを確立した。チェスがアメリカン・ミュージックに与えた影響は計り知れない。
オンラインでツアー参加を申し込んでいたが、約束の1時になってもドアは鍵がかかったままだ。ドアベルを押したりメールを送ったりしていると、10分後にようやくドアが開いた。どうやらツアーの参加者は、ぼくひとりのようだ。
ツアーガイドのジャニーンさんは、博物館を運営する「ブルース・ヘブン」のエクゼクティブ・マネージャー。さすがに解説は堂に入っている。マディ・ウォーターズやウィリー・ディクソンの曲を聴きながら、2階建ての家を案内してくれた。
クライマックスは、歴史的なレコーディングが数多く行われた伝説のスタジオBだ。ここではローリング・ストーンズも録音を残した。ジャニーンさんがモニター室に入り、ぼくはミュージシャンになった気分でチェス・サウンドを堪能。まさに至福のひとときだった。































































