スパウエザーに翻弄された1992年 ベルギーGP
デビュー1年目のシューマッハが初優勝を刻む!
このたびブロードアロー・オークションズ「Global Icon UK」オークションに出品されたのは、ミハエル・シューマッハとともに1992年シーズンを戦ったベネトンF1マシン「B192フォードHB」のシャーシNo.05である。
ベネトン・フォーミュラは1992年シーズンを改良型「B191」とともに開幕。その後、いったん「レイナード」に移籍しつつも当時ベネトンに復帰していたロリー・バーン設計の新型マシンB192を、第4戦スペインGPで初披露した。
ポール・シェルドン著『A Record of Grand Prix and Voiturette Racing』によると、シャーシNo.05はカナダGPで実戦投入され、シューマッハを予選5位に導いた。モントリオールの晴れた空の下で行われた69ラップの激闘は、2位フィニッシュで幕を閉じた。
その後、シャーシNo.05はフランスGPおよびハンガリーGPに投入されるが、いずれも決勝では入賞に至らなかった。しかしクライマックスは1992年8月30日、スパ・フランコルシャンで開催されたベルギーGP決勝に訪れた。直感とタイミング、そして冷静な判断が重なり合い、ベネトンB192-05を駆るミハエル・シューマッハは自身初のグランプリ優勝を遂げた。
予選はナイジェル・マンセルのウィリアムズ・ルノーが支配したものの、決勝当日はアルデンヌ地方特有の変わりやすい天候に見舞われ、純粋なスピードよりも決断力が勝負の鍵を握った。「スパウェザー」と例えられるスパ名物の雨は、広いサーキットのところどころを襲い、各チームの戦略を分断。ラップごとに素早い判断を迫る展開となった。
それでもシューマッハは変化するコンディションへの警戒を怠ることなく、マンセルとリカルド・パトレーゼの2台のウイリアムズを追走し、ついにトップに立つ。一度はチームメイトのマーティン・ブランドルにポジションを奪われたものの、ほかのドライバーが二の足を踏むなかでいち早くドライタイヤに交換。その後はレースを支配し、最速ラップを記録しながらリードを広げ、チェッカーフラッグへと向かった。

44ラップを駆け抜け、シューマッハはトップでフィニッシュラインを通過した。このサーキットでF1デビューを果たしてから、ちょうど1年後のことだった。これはキャリア通算91勝を達成した「皇帝シューマッハ」の初勝利であり、ベネトンでの19勝の幕開けでもある。同時にB192-05の決定的な瞬間でもあった。このマシンはベネトン、そしてフェラーリにおけるシューマッハ時代の始まりを告げ、その後10年にわたるF1の競争力とプロフェッショナリズムの基準を塗り替えたのである。
シャーシNo.05は9月下旬のポルトガルGP(エストリル・サーキット)で最後のレース出場を果たしたのち、翌1993年シーズン開幕戦の南アフリカおよびブラジルでも、チームの予備車「Tカー」としての役割を担った。その後はベネトン・フォーミュラのチーム本拠地エンストーンにて、現役を退いた生活を送ることになった。























































