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城の厩舎を私設自動車博物館に! ドイツの貴族二人が残したクルマ文化の大きな爪痕【クルマ昔噺】

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TEXT: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)  PHOTO: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

「人とクルマと歴史」をモットーに25台を展示!
城の厩舎を改装したドイツ初の私設自動車博物館

そんなフランケンベルクとホーエンローエ=ランゲンブルク侯クラフトが出合い、お城の馬小屋を改修した自動車博物館をつくったのは、1970年3月20日のことであった。ドイツにとっては、じつはこれが初めての私設自動車博物館だったそうである。

博物館は「人、クルマ、そして歴史」をモットーに運営されていたそうで、設立時は25台のクルマが展示されていたが、その後はトラクターや速度記録挑戦車、バイクなど、様々な乗り物が展示された。

筆者がここを訪れたのは、1970年代後半か、1980年代初頭のこと。博物館の入り口には「この博物館の共同創設者であるリヒャルト・フォン・フランケンベルクを偲んで」と書かれたプレートがある。フランケンベルクは、この博物館を完成させた3年後の1973年11月13日、アウトバーンでの自動車事故で帰らぬ人となっているのだ。53歳の若さだった。

一方のホーエンローエ=ランゲンブルク侯クラフトは、その後も精力的にこの地方の発展に寄与し、2004年に68歳で亡くなった。現在はその息子であるフィリップ ホーエンローエ=ランゲンブルク王子が博物館を守っている。

メルセデスの速度記録車や貴重なF1マシンの展示

馬小屋といったのは少々語弊があり、いわゆる厩舎を改装したもので、館内は2層であるが、2階は回廊のような形になっていて、その回廊からは1階の展示物が俯瞰できるようになっている。

ホーエンローエ=ランゲンブルク侯クラフトはイギリスの王室と親戚関係にあるし、リヒャルト・フォン・フランケンベルクは貴族で、イギリスに亡命した経験の持ち主。そんな間柄もあって、展示には筆者が訪れた当時はイギリス車が多かったように感じられた。もちろんドイツ車も多いが、イタリア車、それにフランス車はとくにマイノリティーであった。

いくつかのモデルを紹介しよう。実に珍しかったのはメルセデス ベンツの速度記録挑戦車。1936年10月26日に、ルドルフ・カラッチオラのドライブにより、史上初めて372.102km/hという記録を打ち立てたクルマである。人類が地上で200マイルの壁を超えたのはこの時が初めてだったという。エンジンは5.6LのV12でありながら、車重は僅か750kgだった。

2台展示のあったアルヴィスのうち、写真のクルマはアルヴィス TC21のグラバー製コンバーチブルであるが、同様のモデルは僅か6台しか作られていないようである。

レーシングカーは比較的数が少ないが、F1が2台ある。1台はヘスケス(Hesketh Racing)。インダクションポッドが高くそびえていない308Cと呼ばれたモデルのようだ。イギリス貴族であったヘスケス卿が起こしたチームで、スポンサーをつけなかった。それどころか、ドライバーのジェームス・ハントのレーシングスーツには「Sex, Breakfast of Champions(セックスは王者の朝食)」と貼られていた破天荒チームのマシンだ。もう1台はマーチ 761(March Engineering)で、スカンジナビアンドライバーとして人気のあったロニー・ピーターソンの乗ったマシンと思われる。こちらはダウンフォースがないF1マシンだったため、ほとんどのコーナーを横向きに走る姿から「「サイドウェイ・ロニー(Sideways Ronnie)」と彼のドライビングスタイルを最も的確に表した、ファンに馴染み深い愛称を思い出す。ほかに珍しいローラ Mk1の展示もあったのを思い出す。

今はだいぶ展示も変わって、最新のモデルなども展示され、ここでクルマのイベントなども行われているようである。それを思うと、こうして二人の熱心な自動車好きが、後世に自動車文化を伝えるために設立した博物館が、さらに展示内容を充実させ運営されていることだけを見ても、厩舎に建てた私設博物館の意味は決して小さくない現代に残した爪痕と捉えて間違い無い。

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  • 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)
  • 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)
  • 幼いころからクルマに興味を持ち、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾る。 大学在学中からレースに携わり、ノバエンジニアリングの見習いメカニックとして働き、現在はレジェンドドライバーとなった桑島正美選手を担当。同時にスーパーカーブーム前夜の並行輸入業者でフェラーリ、ランボルギーニなどのスーパーカーに触れる。新車のディーノ246GTやフェラーリ365GTC4、あるいはマセラティ・ギブリなどの試乗体験は大きな財産。その後渡独。ジャーナリスト活動はドイツ在留時代の1977年に、フランクフルトモーターショーの取材をしたのが始まり。1978年帰国。当初よりフリーランスのモータージャーナリストとして活動し、すでに45年の活動歴を持つ。著書に三栄書房、カースタイリング編集室刊「世界の自動車博物館」シリーズがある。 現在AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)及び自動車技術会のメンバーとして、雑誌、ネットメディアなどで執筆する傍ら、東京モーターショーガイドツアーなどで、一般向けの講習活動に従事する。このほか、テレビ東京の番組「開運なんでも鑑定団」で自動車関連出品の鑑定士としても活躍中である。また、ジャーナリスト活動の経験を活かし、安全運転マナーの向上を促進するため、株式会社ショーファーデプトを設立。主として事業者や特にマナーを重視する運転者に対する講習も行っている。
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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

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