総生産わずか2717台! 父の愛車時代からスズキ「フロンテ800」を60年経て再び愛車にしたオーナーの再出発
石川県で開催された「金沢クラシックカーミーティング」には、全国から数多くのクラシックカーが集結しました。そのなかで取材班の目を引いたのが、スズキが1965年にリリースしたスズキ「フロンテ800」です。総生産台数わずか2717台という超希少モデルで、旧車イベントでもほとんどお目にかかれません。このレアな1台を所有する山本さんは、なんと生涯で4台ものフロンテ800に関わってきたという。父の愛車への憧れから始まった、60年越しの深すぎる”フロンテ800愛”に迫ります。
旧車イベントで車名さえ思い浮かばない激レア車
スズキフロンテ800デラックスってどんなクルマ?
旧車のイベントを頻繁に取材で訪れていると、大抵のクルマは車名を言い当てられるようになる。ところが会場で見つけたこの車両は、一見しただけでは車名がわからなかった。車体の後ろに回って丸型のテールライトとエンブレムを見て、ようやくピンときた。総生産台数2717台と言われる幻のスズキ・フロンテ800だ。
早速オーナーの山本さんに話を聞いた。
「このクルマは1969年式のフロンテ800デラックスで、今から4年ほど前に手に入れました。実は父が新車でフロンテ800に乗っていたんです。1966年ころだったと思います。私も小学生のころの記憶に残っています。それから、免許を取ってすぐに中古でフロンテ800を買ったこともあるんです。すぐにダメになってしまって手放しちゃったんですけどね。そこから40年近いブランクを経て、再びフロンテ800を所有することになりました」
「軽のスズキ」が新たな市場に挑んだ幻の小型乗用車は、縦置きエンジン・前輪駆動の先進技術の集合体!
フロンテ800は、スズキ初の小型乗用車として1965年12月にデビューした。当時はトヨタ・パブリカ、ダイハツ・コンパーノ、マツダ・ファミリア、三菱コルトなど、800〜1000ccクラスの小型乗用車が群雄割拠していた時代だ。フロンテ800は、この市場へ新規参入するための切り札として投入されたモデルである。
「フロンテ」という名称がついているものの、軽自動車のフロンテとは機構的な関連はほとんどない。エンジンは水冷2ストローク3気筒785ccで、縦置きのFF(前輪駆動)という独特のレイアウトを採用するなど、当時のスズキの新技術を凝縮した意欲作だった。
一方で、縦置き前輪駆動の採用や水冷2サイクル3気筒エンジン、美しい曲線ボディを作り出す工程などはそのまま製造コストを跳ね上げてしまったようだ。さらにカローラやサニーの台頭で、小型車の主流が一気に1000ccに移行するという時代の転換期に翻弄された。
結局、スズキはその後、軽自動車の生産に集中する方針へと転換したため、フロンテ800は1969年に生産を終了した。残念ながら販売面でも振るわず、総生産台数はわずか2717台という結果に終わった。
となると、裏を返せばこの山本さん、その2717台のうち3台に関わってきた貴重な人物なのだ。なお、スズキが次に小型乗用車を販売するのは、ジムニーなどの特殊車両を除いて、「オレ・タチ、カルタス」というキャッチコピーで舘ひろしさんのCMで登場した1983年カルタス登場まで14年間待つことになる。
クルマを購入する前からパーツ収集に勤しんだ結果、手元に置いたフロンテ800は生涯計4台に及ぶ!
こうして40年のブランクを経て、再びフロンテ800のオーナーとなった山本さん。希少車種ゆえにこのクルマを維持するには、日ごろからパーツの収集が欠かせないという。
実際、4年前にこのクルマを入手する前からパーツを集めていたそうだ。入手後はそのパーツを活用してレストア(修復)作業を行い、ボディをリフレッシュ。エンジンもオーバーホール(分解整備)したという。
夏の太陽の下でピカピカに輝くフロンテ800の美しさの秘密は、まさにここにある。

現在でも常にパーツの収集を心がけており、今では部品取り用の車両も所有しているとのことだ。これにより、山本さんが関わったフロンテ800は合計4台。間違いなく、日本で最もフロンテ800を愛する人物のひとりと言えるだろう。


















































