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世界に2台の8気筒ポルシェ 904/8が18億円! デルタクラシックスの博物館級の展示車4台とは!?

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TEXT: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  PHOTO: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

「RS」以前のレーシング911を支えた超希少な軽量マシン元祖「40台限定911S/T」が放つポルシェの意味

2024年にリリースされた992系911ベースの限定モデルにも名称が引用された「911S/T」は、「911カレラRS」が誕生する以前にポルシェ 911のモータースポーツを陰ながら支えたモデルだ。911が2.2LとなったCシリーズ時代に、ホモロゲート重量のもっとも軽い「911T」のボディシェルにさらなる軽量化を一時的に施したうえで流用し、もっともハイパワーな「911S」用のフラット6を搭載した。

また、前後フェンダーやフロントのトランクフード、フロントフェンダー、前後バンパーをグラスファイバー製としたことで、いっそうの軽量化が図られた。

くわえて、より幅広のタイヤを履かせるべく、前後フェンダーはのちのカレラRSRを思わせるふくらみが設けられるのが通例だったようだ。

ポルシェがワークスチームあるいは有力プライベーターのために製作した911S/Tは、最大でも20台。また、ポルシェ本社から供給を受けた専用コンポーネンツを組み込んだプライベーター製911S/Tも存在するそうだが、それらを合わせても40~50台程度というのが、元祖911S/Tの製作総数についての有識者の見立てのことである。

その希少性および歴史的価値ゆえだろうか、現在の国際マーケットでもしばしば100万ドル超えの販売実績があることから、1億6500万円という今回の提示価格もまた、理にかなったものなのだろう。

倒産したチシタリアから「アバルト」へ。名門ポルシェの窮地を救った、奇跡のチシタリア アバルト 204Aとは!?

今回の出展車両で唯一ポルシェではないものの、ポルシェとは少なからず縁のあるレーシングスパイダーだ。じつは終戦後、フランスで拘束されていたフェルディナント ポルシェの保釈金を工面するため、チシタリア社がポルシェにF1マシンの設計を依頼したという深い絆の歴史がある。 末尾の「A」はアバルトのイニシャルである。

その名が示すように、オーストリアのポルシェ設計事務所からチシタリア社に出向していた故カルロ アバルトが、「チシタリア 202SMMスパイダー ヌヴォラーリ」に代わる新兵器として設計・開発を主導したモデルである。

この時期、チシタリアの依頼によってポルシェが開発したF1マシンが不発に終わった余波で、1948年にチシタリア社は倒産。その創業者であるドゥジオ親子は、新天地を求めてアルゼンチンへと渡ってしまう。

そこで残されたアバルトたちスタッフは出資者を募り、抵当権が何重にも掛けられたチシタリア本社ファクトリーとともに引き渡された204スパイダー3台と2台分の専用コンポーネンツを組み立て、新たに「アバルト」の名を冠して世に送り出すことにした。

そののち204Aはもう4台が製作され、タツィオ・ヌヴォラーリやフランコ・コルテーゼ、ピエロ・タルッフィなど、第二次大戦前から活躍していた名ドライバーたちによって構成された「スクアドラ アバルト」レーシングチームによって、当時のヒルクライムレースなどで活躍。とくに往年の国民的英雄ヌヴォラーリに、生涯最後の優勝をもたらしたマシンとしても知られている。

ミッレ ミリア華やかなりし時代に活躍したイタリアの小さなレーシングバルケッタは、とくに日本では「虫系」と呼ばれつつ前世紀末から絶大な人気を博してきたが、チシタリアはそのなかでも別格の存在だ。なかでもアバルトとのWネームであるとともに歴史的な価値も高い204Aであれば、100万ドルに相当する今回の正札1億6500万円とて、決して無謀なプライスとはいえないのである。

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  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 1967年生まれ。かつてロールス・ロイス/ベントレー、フェラーリの日本総代理店だったコーンズ&カンパニー・リミテッド(現コーンズ・モーターズ)で営業・広報を務めたのちイタリアに渡る。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所、都内のクラシックカー専門店などでの勤務を経て、2001年以降は自動車ライターおよび翻訳者として活動中。また「東京コンクール・デレガンス」「浅間ヒルクライム」などの自動車イベントでも立ち上げの段階から関与したほか、自動車博物館「ワクイミュージアム(埼玉県加須市)」では2008年の開館からキュレーションを担当している。
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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

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