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総額4000万ドルを投じたカジノ王! 1971年日本上陸の至宝とは

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TEXT: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)  PHOTO: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

  • オールズモビル ランナバウトR: 来日した4輪車のなかでもっとも古い、1897年設立の同社を象徴する初期モデル
  • マーサー レースアバウト: 黎明期のハイパフォーマンスカーとして名を馳せた、当時の優れたハンドリングマシン
  • リンカーン ブロアム: 一頭引きの馬車をオマージュした意匠を纏い、1927年のニューヨークショーで発表
  • パッカード タイプ840: コーチビルダーのディートリッヒが架装した、直列8気筒エンジンを搭載する最高級車
  • ブガッティ ロワイヤル: シャシーナンバー「41.111」を持つ、世界にわずか7台しか現存しない幻の1台
  • デューセンバーグ SJ: インディ500を制した直列8気筒エンジンに過給機を装備し、名優たちを虜にした名車
  • デューセンバーグ SJ: 華麗なスタイルと圧倒的な走行性能で、ハリウッドスターの愛車として人気を博した
  • ロールスロイス ファントムⅢ: ヘンリー ロイスの遺作とも言えるV12エンジンを、フラネィ製のモダンボディに搭載
  • 1971年に日本中の自動車ファンを熱狂させた、奇跡のイベントを象徴する公式カタログ
  • 総額4000万ドルとも言われる至高のコレクションをひと目見ようと、多くの人が求めた
  • ブガッティ T50: 直列8気筒DOHCとトランスアクスル駆動を採用し、当時の頂点を極めた革命的モデル
  • メルセデスベンツ SSK: フェルディナント ポルシェが設計を担当した、ごく僅かしか現存しない希少な傑作

世界に7台のブガッティも来日! カジノ王が情熱を注いだ歴史的遺産

1971年、日本の自動車ファンを熱狂させた「ワールドクラシックカーフェスティバル」。そこへ展示されたのは、アメリカのカジノ王であるウィリアム・ハーラー氏が収集した、世界最高峰のクラシックカー30台でした。総数1400台を超えるコレクションのなかから厳選されたブガッティやロールスロイスなど、自動車史に燦然と輝く名車たちのエピソードを振り返ります。

カジノで財を成し1400台のコレクションを集めたウィリアム・ハーラー

「ウィリアム・ハーラー」という人の名を聞いたことのある人、あるいは知っているという人は、もう還暦を超えた人たちだと思う。しかし、彼が最盛期には1400台を超えるクルマを収集し、大がかりな博物館を含むリゾートを建築しようとしていたと知れば、このハーラーなる人物に少しは興味を持つかもしれない。

彼は1911年に、カリフォルニアのサウスパサディナで生まれた。父親は弁護士だ。しかし、大恐慌の煽りで事実上破産した。その後は小さな賭博場を開業して生計を立てた。その息子であるウィリアムは、賭博に関してはかなりの知識があったようで、1937年にはリノへ移住する。そこでカジノを始めて大儲けをすることになった。

もともとクルマが好きだったのかはわからないが、1948年に最初のクラシックカーである「マックスウェル」を購入したのを皮切りに、1978年までなんと1400台以上のクルマを購入し、それを修復してはコレクションを一般の人々に見せていた。

修復の作業のために70人以上のスタッフを雇い、そのレストアと購入にかけた費用、つまり投資額は4000万ドルを超えるというから、一個人の道楽としては桁違いといって過言ではない。

未完に終わった巨大複合施設と日本に来た厳選コレクション30台

コレクションを展示し始めたのは、1960年代の初頭からだ。これが「ハーラー・コレクション」と呼ばれたいわゆるミュージアムであるが、当初は倉庫を借り上げてそこにクルマを展示していた。しかし、1970年に新たな土地を購入し、そこに自動車のみならず、飛行機、鉄道、果ては軍艦から飛行船に至るあらゆる乗り物を展示した博物館にホテル、カジノなどが含まれた複合施設の建設をスタートさせた。

果たしてその資金集めの一環だったのかは定かではないが、1971年にこのハーラー・コレクションの一部の自動車が、日本にやってきた。その数たったの30台だ。そりゃ1400台以上も集めたのだから、そのうちの30台と聞けば「たった」という感想を持つのは当然だと思うのだが、それでもかなり濃密な30台であったことは間違いない。

残念ながら、アメリカのネバダ州リノにあるハーラー・コレクションは訪れたことがない。だから、日本にやってきたモデルたちが、本当に選りすぐりだったのかはわからない。それでも、日本人好みの名車が集められたことだけは間違いないと思う。というのもハーラーはやはりアメリカ人であり、アメリカ車のコレクションが多かったからである。

ただ残念ながら、ハーラーが企画した壮大な複合施設は完成を見ることはなかった。1978年に大動脈瘤の手術中に彼は帰らぬ人となったという。しかも、大動脈瘤の手術はそのときが2度目だったというから、複合施設の企画をしたころは、すでに病に侵されていたのだろう。だからある意味、日本にこのコレクションがやってきたのは、かなりラッキーだったともいえる。

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