5億円超えで落札! 納屋で眠るフェラーリ「F40」が奇跡の復活を果たす
世界的なオークションハウス「RMサザビーズ」がモナコで開催した競売に、特別なフェラーリ「F40」が登場しました。フェラーリの公式レースパートナーではなく、サードパーティであるドイツの「ハーマン・モータースポーツ」が手がけたF40のレース仕様車です。耐久レースへの参戦や納屋での放置というジェットコースターのような過酷な運命をたどり、それでも最後には徹底したフルレストアによって蘇った1台が、市場の予想を大きく上回る高額で落札された波乱のストーリーに迫ります。
BMWのチューニングで名を馳せたハーマンが挑んだレーシング フェラーリの開発
フェラーリ史上もっとも過激なロードカー(公道仕様車)を国際的なレースの舞台に送り出すべく、レース仕様にチューニングされたフェラーリ「F40LM」や「F40GT」、「F40GTE」は、もともと猛々しいスーパーカーの究極の進化形といえるものであった。ロードカーをベースとするGTレースの黄金時代に、耐久レースに向けて開発されたこれらのマシンは、現代のFIA-GT耐久選手権の先駆けである「BPRグローバルGT選手権」などのシリーズ戦で大活躍を果たした。
フェラーリ F40LMプログラムは、フェラーリが信頼を寄せるレーシングパートナーであるジュリアーノ・ミケロット氏と、その名高いエンジニアリング会社によって主導された。当初はフェラーリ F40LMとしてレースに投入されるが、のちに市販サーキット専用車両のフェラーリ「F40コンペティツィオーネ」や、耐久レース用に仕立て直されたフェラーリ F40GTおよびフェラーリ F40GTEが、ミケロットによって製作された。
また、これらのファクトリー開発マシンにくわえ、いくつかのプライベートチームが国際GTレースでのフェラーリ F40参戦に意欲を示し、市販ストラダーレ(公道仕様のノーマル車)としてデリバリーされたフェラーリ F40を本格的なレーシングカーへと改造した。

フェラーリ史の権威、マルセル・マッシーニ氏によるヒストリカルレポートによると、2026年4月25日に開催されたRMサザビーズ「MONACO 2026」オークションに出品されたフェラーリ F40、シャシーNo.#84326は、巻き上げ式ウィンドウを備えた欧州仕様のストラダーレとして1990年3月1日に完成。ヘッセン州ヴィースバーデンの「フェラーリ・ドイチェランドGmbH」を介して、ドイツの愛好家に新車として引き渡されたものである。
初代オーナーはフェラーリの熱心な愛好家であり、1992年のムジェッロや1993年のスパ・フランコルシャンをはじめ、ヨーロッパ各地で開催されるフェラーリ・クラブの集まりやサーキットイベントにこのフェラーリ F40をエントリーさせていた。そして1994年になると、バーデン=ヴュルテンベルク州ラウプハイムにある「ハーマン・モータースポーツ」を主宰する著名なドイツ人チューナー、リヒャルト・ハーマン氏のもとへ送られることになる。
すでにBMWのチューニングプログラムの成功によって名声を築いていたハーマン氏は、この時期から事業をフェラーリの開発へと拡大する機会を、虎視眈々とうかがっていた。そして、フェラーリ F40から最大限の性能を引き出すべく、ハーマン氏はのちに名門ザウバーF1チームの創設者となるスイスのエンジニア、ペーター・ザウバー氏の専門知識を借りることにした。

彼の指導のもと、フェラーリのV8エンジンにはブースト圧を高めたKKK製ツインターボチャージャーとデュアルウェストゲートが搭載され、内部部品の強化も施された。これらの改造によりエンジン性能は劇的に向上し、出力は最大700ps(ノーマルF40:478馬力)に達したと伝えられている。
















































































