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納屋での放置から奇跡の再生! ハーマンが手がけたフェラーリ F40レース仕様車がモナコで爆上がり!!

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TEXT: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  PHOTO: 2026 Courtesy of RM Sotheby's  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

資金不足による苦戦と納屋での放置を経て始まった執念のフルレストア

ミケロットのフェラーリ F40LMに着想を得たというフロントノーズに加え、安定性を高めるために強化されたリアウィング、 Bradley製などのアップグレードされたブレーキとサスペンションを備えたハーマン製のフェラーリ F40は、ドイツの専門誌「Motor」1994年6月号の表紙を飾り、より鋭いドライビングダイナミクスと低回転域での力強いトルクが称賛された。

ただ、元来はチューニングを施したフェラーリ F40の限定市販モデルを構想していたハーマン氏によるこの改造は、もちろん決して安価なものではなかった。当時の報道によると、ドナーカー(ベース車両)自体の費用にくわえ、標準的なフェラーリ F40の定価の75%にも及ぶ費用がかかったと報じられている。

このクルマのポテンシャルを実証し、その法外な価格に見合う価値を証明したいと考えたハーマン氏は、レースへの参戦を目指す。1996年シーズンを前にしたレギュレーション変更により、彼はヨルグ・ハルトマン氏のモータースポーツチームと提携し、このフェラーリ F40、シャシーNo.#84326で「BPRグローバルGTシリーズ」に参戦するチャンスをつかんだ。

しかし、当時の独立系GTチームによく見られたように、資金不足が開発と信頼性の両方を阻害してしまう。1996年のBPRシーズン中、このマシンはニュルブルクリンクでリタイアし、その後スパ・フランコルシャンでは完走を果たしたが、成績は26位に終わる。

その後、シャシーNo.#84326はドイツの愛好家たちの間を転々とし、2000年代初頭にはイギリスへと移った。しかし、時が経つにつれてこのマシンは放置されるようになり、最終的にはイングランド北部の納屋に保管されることとなった。そこで2012年まで、ほとんど忘れ去られたまま放置されてしまうのだが、その年に熱心なフェラーリ愛好家の目に留まる。新オーナーは、幸運にも新車当時にフェラーリ F40を手に入れていたが、それを手放してしまったことを長年悔やんでいた人物であったという。

このフェラーリ F40は、フェラーリのあらゆる事柄に精通したベテラン、ケビン・オローク氏が率いる英国サリー州の著名なフェラーリ専門業者「モト・テクニークLtd」社に送られ、そこで長年の過酷なレースが、車両に深刻なダメージを与えていたことが明らかになる。サスペンション部品は修復不可能なほどに摩耗しており、ブレーキシステムは完全な交換が必要。燃料タンクの状態も極めて悪かった。さらにタンクの下からは、電気系統の火災の痕跡さえ発見された。

この段階で、プロジェクトは単なる修理から、妥協を許さない哲学に基づいて行われるフルレストアへと発展。新車同様の状態に戻されるいっぽうで、現代のエンジニアリングの知見を巧みに取り入れることになった。「ミケロット・アウトモービリ」社は、新たに製作されたサスペンションアッセンブリ、ブレーキ部品、そしてアビオナル・アルミニウム合金、マグネシウム、チタンから作られた数多くの専用部品を供給した。

また、ボディワークにも多大な手間が掛けられる。一部の箇所は、オリジナルのカーボン&ケブラー複合材ではなく、安価なFRP(繊維強化プラスチック)で補修されていたためである。そして適切な重量と構造強度を回復させるため、フロントのクラムシェルカウル(ボディ前部を覆う一体型のカウル)は正しいカーボンとケブラーで完全に再製造され、その他のパネルについては、塗装の下に隠れていた繊細なカーボン織りの模様を浮かび上がらせるべく、徹底的な再塗装が施された。

予想価格を大幅に上回る5億611万6875円での劇的なハンマープライス

こうして、ボディワークは完璧な状態に修復されたハーマン・モータースポーツ製のレーシングフェラーリ F40だが、肝心のエンジンのオーバーホールは、著名なエンジニアリング会社である「クロスウェイト&ガーディナー」社に委託される。同社は内部のすべてのコンポーネント(構成部品)を慎重に点検し、必要に応じて交換を行った結果、その圧倒的なパフォーマンスを確実に発揮できる、パーフェクトに再生されたパワーユニットが完成した。

また「MoTeC」社製の多段階エンジン管理システムが組み込まれたことにより、約550ps/650ps/720psからなる、3つの出力モードが選択可能とされた。そしてサスペンションから燃料システム、ギヤボックスに至るまで、すべてのコンポーネントは理想的なアライメントと仕上げを実現するために、組み立てと分解が繰り返された。その結果、歴史的な正統性と入念に検討された改良を融合させ、細部に至るまで並外れた注意を払って修復された1台が完成したのだ。

RMサザビーズ欧州本社は、このフェラーリについて

「1990年代のGTレースのドラマ、サウンド、精度、そしてスペクタクルをこれほど完璧に体現するクルマはほとんどなく、これほど献身的な情熱をもって蘇らせられたマシンはさらに稀」

とアピールしながらも、225万ユーロ〜275万ユーロ(邦貨換算約3億5775万円〜約4億3725万円)という、昨今のフェラーリ F40としてはやや控えめとも映るエスティメート(推定落札価格)を設定していた。

ところがオークションの当日、グリマルディ・フォーラムで行われた競売では、想定されたエスティメートの最高値を大きく上回る318万3125ユーロ、日本円にして5億611万6875円で競売人の小槌が鳴らされることになった。

この大幅アップのハンマープライスは、フェラーリのオフィシャルレースパートナーであるミケロット社製のフェラーリ F40LMではなく、ハーマンというサードパーティ(外部の独立系チューナー)の作であるという、現在のクラシックカーマーケットではマイナスとなりがちな要素よりも、戦果はどうあれ、BPR-GT選手権で実際に戦ったマシンであるという点と世界に一台だけと言うプラス要素のほうが勝った結果、ということなのであろう。

とはいえ、2025年8月のRMサザビーズのオークションでは、ある「F40 LM」が約1,100万ドル(日本円で約16億円〜17億円)という驚異的なオークション価格だったことを考えるとリーズナブル、と言えなくもないかもしれない。

※為替レートは1ユーロ=159円(2026年6月4日時点)で換算

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  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 1967年生まれ。かつてロールス・ロイス/ベントレー、フェラーリの日本総代理店だったコーンズ&カンパニー・リミテッド(現コーンズ・モーターズ)で営業・広報を務めたのちイタリアに渡る。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所、都内のクラシックカー専門店などでの勤務を経て、2001年以降は自動車ライターおよび翻訳者として活動中。また「東京コンクール・デレガンス」「浅間ヒルクライム」などの自動車イベントでも立ち上げの段階から関与したほか、自動車博物館「ワクイミュージアム(埼玉県加須市)」では2008年の開館からキュレーションを担当している。
著者一覧 >
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

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