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フィアット「600」をベースに名車を完全再現。現代技術で蘇ったアバルト「1000TCR」

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TEXT: 勝村大輔(KATSUMURA Daisuke)  PHOTO: 勝村大輔(KATSUMURA Daisuke)

フィアット「600」をベースに往年の名車の走りを現代に蘇らせる

巨大なエアダムと開いたまま固定されたリアフード。アバルト「1000TCR」のオーラを放つ展示車両は、大衆車のフィアット「600」をベースに現代の技術で作り込まれたレストモッドだ。街乗りからサーキット走行までを見据え、1000ccエンジンや専用足まわりを組み込んだ本格的なカスタマイズ仕様だ。

欧州ツーリングカー選手権で活躍した1000ベルリーナコルサの系譜をたどる

1949年に創業者カルロ アバルトによってイタリアのボローニャで設立されたABARTH &C。もともと2輪のレースに参戦していた創業者の経験を活かし、自社製品を販売していた。とくにオリジナルマフラーは、驚くほどに効果があると話題になりヒット商品となった。

時は過ぎ、1955年にフィアット「600」、1957年に「ヌォーヴァ 500」が登場すると、カルロ アバルトはモータースポーツの登竜門向けにパーツを開発していった。それがさらに大ヒットし、自社でスポーツカーやレーシングカーを生産する独立系自動車メーカーとして発展していく。

1000TCRは、大衆車のフィアット 600をベースにしたモデルだ。1955年のデビュー当時、フィアット 600のイタリア本国での価格は59万リラであった。当時のレートで日本円に換算すると約34万円となる。これは当時の日本の大卒初任給の約40カ月分にあたるが、自動車としては破格の安さであった。この手頃な価格と圧倒的な流通量が、チューニングのベース車両として最適だったのだ。これにより、資金の少ない若者でもモータースポーツへ参戦できるようになった背景がある。

そんなフィアット 600ベースの中でも最高峰とされるのが1000TCRである。正式名称は「1000ベルリーナコルサ」という。驚くべきは、本来わずか600ccの大衆車用エンジンをベースにしている点だ。フィアット 600と同じ鋳型を流用しつつ、あらたに鋳造されたティーポAHブロックへと変更している。

そこへ独自のパーツを組み込み、限界までボアアップ(シリンダー内径の拡大)を施したのだ。もとの600ccから1000ccまで排気量を引き上げるという、常軌を逸したチューニングである。この執念ともいえる技術力こそが、欧州ツーリングカー選手権で大活躍する名車を生み出した。

冷却効率と空力効果を狙った実戦的なリアフードを採用

外観上の特徴としてまず目を引くのは、フロントに装着された巨大なエアダムと、トレッドが拡幅された専用のフェンダーである。そして何よりインパクトがあるのが、水平に開けたままで固定されたリアのエンジンフードだ。

これは単なるデザインではなく、リアに搭載されたエンジンの冷却効率を高めつつ、同時にリアスポイラーとしての空力効果を狙った実戦的なセッティングである。当時からレースで勝つための機能美として、強烈な個性を放っていた。

新車同様の輝きを取り戻したレストモッド車両が会場に現れる

レース車両ゆえに、現在市場に残っているのは愛好家が保管する極端に程度の良い個体ばかりとなっている。しかし、会場で発見した展示車両は徹底したレストレーションを受けており、新車同様に輝いているだけでなく、より現代的なアップデートも行われていた。

展示していたウイングオートのスタッフは、取材に対して次のように語った。

「じつはこのクルマは、フィアット 600をベースに1000TCR仕様にカスタムした車両です。単純にレプリカではなく、エンジンもより現代的な技術でチューニングが施されていて、実際に街乗りはもちろん、サーキット走行も楽しむことができます」

75馬力のエンジンと専用パーツで走りの質を高める

この車両は本物の1000TCRではなく、フィアット 600をベースに専用のTCR仕様の外装パーツを組み込んで製作されている。1000ccで75馬力を発揮するエンジンと4速MTを搭載している。エンジンブロックを見ると「A112BB FIAT」の刻印があるように、アウトビアンキ「A112 アバルト」のユニットをベースにチューニングしていることがわかる。

足元にはクロモドラタイプのホイールを履き、前後の足まわりにはレース用のサスペンションやディスクブレーキを装着している。室内にもロールバー(車内に装着する補強バー)やバケットシート(身体を包み込む形状のスポーツシート)、5点式シートベルトなどの現代的なパーツを備えており、すぐにでもサーキット走行が可能な仕上がりだ。

スタッフは続けて話す。

「ほかにも4スロットインジェクション化(気筒ごとに独立したスロットルを備える吸気チューン)によって120馬力になるエンジンチューニングや、5速MT、LSD(左右のタイヤの回転差を制限する機構)などもオプションで用意しています」

約600kg台という圧倒的に軽いボディに120馬力とインジェクションを組み合わせた場合、パワーウェイトレシオは約5kg/psに達する。これは現代のスズキ「スイフトスポーツ」やマツダ「ロードスター」といった最新のライトウェイトスポーツを凌駕する数値だ。クラシックな装いのフィアット 600が、現代のスポーツカーを追い回す高い戦闘力を発揮することは間違いない。

旧車の魅力を今の道でも楽しめる形へ翻訳

現代の電子制御が介入しないクルマでは、自らの手足でマシンを操るダイレクトな感覚を味わえる。オリジナルの1000TCRを全開で走らせるのは至難の業だが、現代の技術でアップデートされたこのレストモッドなら、当時の興奮を心置きなく味わうことができる。

往年の歴史に敬意を払いながら、サーキットや昨今流行しているヒルクライムを全開で駆け抜ける喜び。希少なオリジナル車両を追い求めるのとは別の方法で、名車の世界観に触れられるのだ。

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