かつて世界一高価な市販車と呼ばれたロールス・ロイス
「ロールス・ロイス」×「ピニンファリーナ」という自動車界最上のダブルネームを有するにもかかわらず、前世紀末までの国際クラシックカー市場では不当ともいいたくなるほどの低評価に甘んじてきたロールス・ロイス「カマルグ」ですが、2020年代以降は持ち前の希少性も相まって、少しずつながら相場価格も上昇傾向にあるようです。そんな市況のもと、クラシックカーのオークション業界では名門として知られる英国ボナムズ社が、2025年1月30日に北米アリゾナ州スコッツデール市内で開催した「Scottsdale 2025」オークションでは、1台のカマルグが出品されることになりました。
ロールス・ロイスとピニンファリーナの華麗なるダブルネーム
じつは第二次大戦後間もない時期から、ロールス・ロイスとピニンファリーナとの間には、非公式ながら極めて深い結びつきがあったとされる。しかし、初めてそのコラボレーションが正式なカタログモデルとなったのは、今からちょうど50年前の1975年にデビューした「カマルグ」である。
1970年ごろに、ロールス・ロイスからピニンファリーナに提出されたリクエストは下記のようなことだった
「最高級の名に相応しい威厳を保ちつつ、決して古臭くならないデザインを持つ4シータークーペ」
創業以来のピニンファリーナの慣例に従って、デザインワークを担当したスタイリストの個人名は未公表だが、当時のマネージメントデザイナーであったレオナルド・フィオラヴァンティの指揮のもと、パオロ・マルティンのスケッチが採用された……、というのが定説となっている。パオロ・マルティンは、1970年に製作され、同じ年の大阪万博にも出品されたデザインスタディのフェラーリ「512S‐PFモドゥーロ」でも知られるスタイリストである。
いっぽうネーミングは、同じスペシャルボディ&2ドアパーソナルカーの「コーニッシュ」が、南仏のリゾート地に由来する車名を与えられていたことに倣って、南仏プロヴァンス地方の地中海とローヌ河のふたつの支流に囲まれたデルタ地帯から名づけられたものである。
コーチワークは複雑な工程が行われていた
コーチワークは、北イタリア・トリノ近郊にあるピニンファリーナのファクトリーではなく、すでにこの時期にはロールス・ロイス社の傘下に収まっていたマリナー・パークウォード社がロンドン北郊ウィルズデンに構えた工房にて行われた。
つまり、イタリア・トリノのピニンファリーナで用意されたボディパネルを英国に送り、ボディ/インテリア架装はマリナー・パークウォードで行なわれるという複雑な工程が行われたこと。あるいは、コーニッシュの上位にランクされる最高級モデルだけに、内外装のフィニッシュには最大の配慮が払われていたことから、シリーズ生産車としては「世界一高価な乗用車」とも呼ばれることになる。実際、第1号車の日本導入当時の国内販売価格は、同時代の「シルバーシャドウ」の約2倍に相当する3810万円に設定されていたのだ。
ただしこの恐るべきプライスと、保守的な顧客の多かった当時のロールス・ロイスとしては先鋭的に過ぎるボディデザインが災いしたのか、世界中の注目を集めたカマルグは1975年から1987年の間に525台(ほかに529台説や534台説も存在する)が生産されただけに終わってしまった。




































































































































