クルマは見ている人に語りかける存在
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のキーワードは「フロントマスク」です。クルマにはさまざまな表情がありますが、それは「パレイドリア」という心理現象が関係しているそうです。
自動車メーカーは擬人化効果を意識してデザイン
ある晴れた午後、信号待ちでふと隣のクルマを見たときのことです。そこにいたのは、フィアット「500」。丸く愛嬌のあるヘッドライトが、まるで「チャオ!」と微笑みかけてきたように感じました。理屈では説明できないけれど、なんだかご機嫌そうに見えました。こんな経験、多くの方がされたことだと思います。
じつはこれ、「パレイドリア」という心理現象が関係しているそうです。人間の脳は、曖昧な情報の中から意味のあるパターンを探し出すのが得意のようで、とくに「顔」を見つけることに長けているとのこと。
雲が人の顔に見えたり、コンセントに怒った表情を感じたりしたことがある方も多いのではないでしょうか。クルマのフロントマスクは、その格好のターゲットなのです。
左右に配置されたヘッドライトは目、グリルは口、そしてエンブレムが鼻のように見える。こうしたパーツの配置や形状によって、クルマにはじつにさまざまな“表情”が生まれます。もちろん、これは偶然ではありません。自動車メーカーもこの擬人化効果を意識しており、見る人に特定の感情を抱かせるようデザインに工夫を凝らしているのです。
無意識のうちにクルマの“顔”に感情を読み取っている!?
たとえば、初代マツダ「ロードスター(NA型)」。リトラクタブルヘッドライトを「パカッ」と開けた姿は、まるで目をぱっちり開いた少年のよう。何か楽しいことが始まりそうな予感に満ちた、その無邪気な“顔”に惹かれた人も多いはずです。スポーツカーでありながら、どこか親しみやすく、肩肘張らずに付き合える存在です。
対照的なのが、ランボルギーニ「アヴェンタドール」。吊り上がったヘッドライトに、鋭角的なグリル。そのフロントフェイスは猛禽類のように鋭く、睨みをきかせる猛獣のような迫力があります。たとえエンジン音を聞かずとも、その“顔”を見れば誰もが「このクルマ、ただ者ではない」と察するはずです。
最近、議論百出なのが、トヨタ「アルファード/ヴェルファイア」の威圧顔の賛否です。それに載せられて攻撃的なドライバーが報告されているようです。デザインが人の感情をコントロールしている、あるいはその素養がある人が攻撃的デザインを好むなど、真意はわかりませんが、フロントマスクを擬人化してしまうことに疑いはありません。
このように、僕らは日々、無意識のうちにクルマの“顔”に感情を読み取り、ときには愛着を抱き、ときには敬意を払っています。それは、単に工業製品としてのクルマではなく、私たちの生活に寄り添う“パートナー”として見ているからなのかもしれませんね。
そして、これは一方通行の関係ではありません。デザイナーたちは、ユーザーがどんな表情のクルマに親しみを感じ、どんな顔つきに憧れ、畏怖するのかを理解したうえで、その“表情”を緻密に設計しているのです。つまり、クルマはただ走る道具ではなく、見る者に語りかける存在――走る“キャラクター”なのです。
あなたのガレージにいるクルマの“顔”は、今日も何かを語りかけているかもしれません。「さあ、どこへ行こうか?」と。あるいは、「今日は少し休ませてくれよ」と。
道路の上には、そんな“無言の物語”があふれています。




























