約半世紀タイムスリップしたような新車時の状態をキープ
2025年10月8日から12日にかけて「ボナムズ」社は独自に大規模オークション「The Zoute Sales 2025」を開催しました。そこにイタリアン・スーパーカーのなかでも独自の存在感を放つデ・トマソ「パンテーラ」が出品されていました。レストアや改造が当たり前のなかで、オリジナル状態を保つ個体はごくわずか。そんな“純度の高いパンテーラ”がどのような経緯で現在に至っているのか、そしてオークションでどのような評価を受けたのかを紹介します。
ダラーラの思惑とデ・トマソの現実主義が融合した量産型スーパーカー
1970年代、イタリアのスーパーカー業界は怒涛のミッドシップ時代に突入しようとしていた。その機運を敏感に察した辣腕経営者、アレハンドロ・デ・トマソは、低価格による量産に活路を見出した。
彼が考えたのは、デ・トマソ初の市販車「ヴァッレルンガ」以来、パワーユニットの供給源としていたフォードと提携である。フォード製V8ユニットを搭載するミッドシップのスーパーカーを年間4000台量産し、北米のフォード販売網で売るという抜け目のない計画だった。
このプロジェクトのために用意されたのが「パンテーラ」である。デ・トマソ量産モデルの先達ヴァッレルンガや「マングスタ」で採用されていたレーシングカーまるだしのバックボーンフレームは、一転して生産性を最優先した鋼板組み立て式のモノコックへと変更されることになった。
ランボルギーニ「ミウラ」の設計者として名を馳せたダラーラは、この時代にはレーシングカー開発も視野に入れたフリーランスとなっていた。じつは、このモノコックフレームを開発したのはジャンパオロ・ダラーラで、彼には別の目算があった。フォードの純レーシングモデル「GT40」に感化されていた彼は、そのモノコックフレームを市販車にも応用しようと考え、デ・トマソから依頼を受けた市販モデルに盛り込むことにする。
そして、生産コスト低減を狙うアレハンドロとの利害が一致し、パンテーラの基本コンセプトが形成されるに至った。
一方、けれん味なくシンプルな美しさを称えるボディは、新たにデ・トマソ傘下となった名門カロッツェリア・ギア製で、デザインはジョルジェット・ジウジアーロに代わって同社チーフに就任したトム・チャーダが担当した。
パワーユニットに選ばれたのは、もちろんフォード製V8 OHVである。カナダのクリーブランド工場で生産されたこのエンジンは、排気量5796ccから330psを発揮するとされ、独ZF社製5速MTとの組み合わせにより、265km/hの最高速を達成すると謳われていた。こうして、ミッドシップのスーパーカーとしては異例の生産/販売プロジェクトが託されたパンテーラは、1970年に最大のマーケットたる北米のニューヨーク・ショーにて、正式にデビューを果たしたのだ。










































































































































































