ウマ年に跳ね馬のスペチアーレ市場を占う!? エンツォ・フェラーリの驚愕評価の落札額
フェラーリの歴史に名を刻む限定スペチアーレモデル。これまでは「288GTO」から「ラ・フェラーリ」までの5台を「ビッグ5」と呼ぶのが通例でしたが、最新モデル「F80」の登場により、現在は「ビッグ6」として新たな時代を迎えています。なかでも、創業者の名を冠した「エンツォ・フェラーリ」は、市場の趨勢を測る重要なバロメーターです。2026年1月にアリゾナで開催された最新オークションの結果から、驚愕の落札価格とともに、このモデルが現代においても放つ特別な輝きを考察します。
デザイン、シャシー、エンジンなどF1技術を
注ぎ込んだ創始者の名が冠されたエンツォ!
1998年にF50の生産が終了すると、世のティフォージたちはマラネッロが次にどんなエキゾチックな最高峰のスピードマシンを考案するのか、そしてそれがどんな様式を選ぶのかを噂した。
2002年春、フェラーリのルカ・ディ・モンテゼモーロ会長(当時)は、東京都現代美術館にて開催された「フェラーリ&マセラティ展」にて発表した現寸大モックアップ、コードネーム「FX」とともに、その答えの一端を明らかにした。
車名の由来については説明の必要はないと前置きしつつ、フェラーリがこれまで「マラネッロ」や「モデナ」といった歴史的に重要な地名にちなんで車名を付けてきたことを踏まえ、ついに創業者の名を冠する時が来たと述べた。さらに彼は、新たなモデルがF1GPと強いつながりを持つことを明言した。
当時のマラネッロといえば、1999年と2000年シーズンのF1コンストラクター部門タイトル、そして2000年シーズンのドライバー部門世界タイトルを奪還したばかりの時期。じつは、ミハエル・シューマッハはF1における歴史的な支配の始まりに立っており、未だ破られていない5年連続チャンピオンという偉業を成し遂げようとしていた。
かくして、2002年パリ・サロンにて正式デビューしたエンツォ・フェラーリは、F1由来の設計コンセプトを確かに体現していた。同時代のF1マシン同様、最大限の軽量化を実現するため未来的な素材を採用。カーボンファイバーとノーメックスハニカムで構成されたメインモノコックのウェイトは、わずか約90kgにすぎなかった。このメイン構造体にアルミニウム製サブフレームが取り付けられ、ピニンファリーナのデザインによるボディワークを装着する基盤となる。
エクステリアは、F1マシンのノーズからモノコックがセンターにイメージできるフォーミュラマシンの形状を模倣しつつ、タイヤとコクピット部分を覆うような造形となった。ピニンファリーナの風洞で空力的に完成されたボディは、カーボンファイバーとケブラーを織り込んだパネルで構成。15インチのブレンボ社製大径カーボンセラミックディスクブレーキを備えた19インチアロイホイールと、ユニークな上開き式ダイヘドラルドア(「ガルウィング」や「シザーズドア」と混同しやすいが、タイヘドラルドアは開放する動きが独特。ドアが外側に少し開きながら、前方を軸にして斜め上方へ回転するように開く。正式名称は「ディヘドラル・シンクロ・ヘリックス・アクチュエーション・ドア」と呼ばれている)がエンツォのシャーシとキャビンを完成させ、高度な技術と尽きない魅力を備えた、未曾有の車体構造を仕上げた。
そしてこのモノコック構造には、新たに専用設計されたエンジンが収められる。フェラーリは、当時並行して開発していた90度V型8気筒エンジンを両側に2気筒ずつ延長し片側6気筒とし、バンク角を変更することで、65度の「F140B」V型12気筒エンジンを生み出した。
約6Lの排気量は、1970年代の「712 Can-Am」レーシングカー以来となるフェラーリ最大級エンジン。ニカシル加工したシリンダーウォール、チタン製コネクティングロッド、トルク増強を狙ったテレスコピック式インテークマニフォールドなどのレーシングコンポーネンツを満載し、660ps/7800rpmの最高出力と657Nm/5500rpmのトルクを発生する。それは四半世紀前のモデルだからだけでなく、現代の基準でも充分に魅力的なスペックと言えるだろう。




































































































































































