日本レース史に名残す伝説のレーシングカー群や自慢の空冷ポルシェが銀座の高速道路を大量占拠
数ある展示車両の中でも、圧倒的な存在感を放っていたのは、世界耐久選手権(WEC)のグループC規定向けに開発されたポルシェのレーシングカー「962C」だ。1980年代のレースシーンを席巻したマシンが3台揃うだけでも奇跡的なのに、それが銀座の高速道路上に置かれているのだから、にわかに信じがたい光景である。
特筆すべきは、ヨコハマタイヤのスポーツブランド「ADVAN(アドバン)」を象徴する黒地に赤のストライプカラーをまとった2台だ。日本のモータースポーツ史にその名を刻んだ、伝説のマシンたちである。
先頭に展示されていた962Cは、日本に初めて持ち込まれたシャシーナンバー111の個体だ。このマシンのデビューイヤーとなった1985年、全日本耐久選手権(1987年に全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権/通称JSPCへ改称)において、チームADVANスポーツノバの高橋国光・高橋健二コンビがシーズン3勝を挙げ、いきなりチャンピオンに輝いた。
後方にたたずむシャシーナンバー134の1台にも、熱いドラマがある。1989年、高橋国光はチームADVANアルファノバでこのマシンを駆り、劇的な大逆転の末にシリーズチャンピオンを獲得した。それは高橋国光にとって最後となるJSPCでのタイトルであり、また962Cにとっても最後の栄冠となった。日本のレース史における962Cの幕開けと有終の美を飾った2台が、KK線という特別な舞台の上で誇り高く並んでいた。

ちなみに、会場にはもう1台白いカラーリングをまとった962Cも展示されていた。この個体はドイツのダウアー・レーシングのもとでヨーロッパを舞台に活躍したマシンだ。数々のコレクターに受け継がれ、2023年にフランスから日本へと渡り、岡山県のファクトリー「Madlane(マッドレーン)」によってフルレストアが施された。シャシーナンバーは133で、奇しくも先述のシャシーナンバー134とは連番の関係にある。
「空冷ポルシェ」という唯一無二のブランド力と非現実的展示が「LUFT TOKYO」最大の魅力!
「すべてのポルシェにはモータースポーツの魂が注がれている」。これはポルシェが創業以来、一貫して掲げてきた信念だ。レーシングカーから市販モデルまで、あらゆるポルシェがかつて公道だったこの場所に肩を並べたLUFT TOKYOの光景は、「ポルシェ」というブランドの本質を体現した瞬間だったのかもしれない。
空冷エンジンのポルシェと、空冷エンジンを愛する者たちが特別な舞台に集ったこの日、会場を包む熱気だけは最後まで冷めることがなかった。





































































