世界的フェラーリ収集家の松田氏も愛車にしたFRフェラーリ最後の正統派、フェラーリ「365 GTB/4 デイトナ」の価値とは
2026年3月7日、アメリカで注目のオークションが開催されました。主催は、クラシックカー保険などで世界最大手となるハガティ傘下のブロードアロー・オークションズ社です。この舞台に、現在市場で大人気のフェラーリ「365 GTB/4 デイトナ」が出品されました。かつて日本の著名なコレクターにも愛された名車の数奇なヒストリーと、驚きの落札価格をご紹介します。
後期型リトラクタブルライトを持つ当時世界最速車、フェラーリ「365 GTB/4 デイトナ」はGTかスポーツか
「フェラーリ『365 GTB/4 デイトナ』は世界最高のスポーツカー、あるいは最高のGT。どちらを選ぶかはあなた次第。両方の要素とも最高に満たしているから」
と、当時のロード&トラック誌はフェラーリ最新フラッグシップのロードテストにて高々と宣言した。
1968年のパリモーターショーで発表されたフェラーリ「365 GTB/4 デイトナ」は、フェラーリ伝統のフロントエンジンV12ベルリネッタの集大成であり、1996年にフェラーリ「550マラネロ」として復活するまで、同じV12+FRスキームによる最後のモデルとみなされてきた。ちなみにデイトナという名前は正式名称ではなく、1967年のデイトナ24時間レースでフェラーリが1-2-3フィニッシュを飾ったことに由来する愛称である。
レオナルド・フィオラヴァンティ率いる時代のピニンファリーナのデザインによる、アグレッシブなボディワーク。最高出力352psを発生する、4.4Lの4カムシャフトV12エンジン。そして最高速度170マイル(約274km/h)を超えるパフォーマンスにより、フェラーリ「365 GTB/4 デイトナ」は当時最速のロードカーのひとつとして確立された。今もマラネロが生んだフロントエンジンV12グランツーリスモのなかでも、もっとも憧れられる存在である。
このほどブロードアロー・オークションズ社のセールスに出品されたフェラーリ「365 GTB/4 デイトナ」は、1972年6月23日に完成したシャシーナンバー「15285」だ。北米仕様車として仕上げられ、排ガス規制装置、エアコン、パワーウインドウ、そして1971年以降の米国規制対応のため全世界で標準装備となった、連邦政府指定のポップアップ式ヘッドライトを装備していた。
当初は洗練された組み合わせである「アルジェント・メタリッツァート(メタリックシルバー)」の塗装に、「ネロ(ブラック)」のレザー内装と赤のシートインサートを配し、ペンシルベニア州ローズモントの正規フェラーリ販売代理店を通じて出荷された。
この車両の初期のアメリカでの歴史は、フェラーリ史研究家スタンリー・ノヴァックと、「フェラーリ・マーケット・レター」のジェラルド・ラウシュおよびその娘であるキャシー・ラウシュによる綿密な調査を通じて詳細に記録されている。
初代オーナーはペンシルベニア州アビントンのデイヴィッド・ハラーと推定され、1974年までに所有が確認されている。その後15年間はアメリカ国内で名のあるフェラーリ愛好家たちのもとを渡り歩くが、1989年には初めて米国を離れ、スイスのローランド・ハクラーが購入したことが分かっている。
その後、シャシーナンバー「15285」は日本へ輸出され、2000年代初頭に大規模な修復と欧州仕様へのコンバージョンが施された。この改造には、欧州仕様の灯火器への変更や、八角形のノックオフホイールからより優雅な三耳スピナーへの交換、300km/hスピードメーターを含む欧州仕様のヴェリア・ボレッティ社製メーターの装着が含まれる。
また、この修復作業中に現在の「ロッソ・コルサ」塗装が施され、内装は納車時の「ネロ(黒)」の革に赤いシートインサートを組み合わせた仕様のまま張り替えられた。

































































































































































