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人々の生活を変えたテクノロジーとイノベーションの米国歴史を展示! 壮大なヘンリー・フォード博物館【クルマ昔噺】

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TEXT: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)  PHOTO: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

フォード社設立のために作られた氷上速度記録車から、ル・マン24時間を4連覇したGT40も展示

ヘンリー・フォードにまつわるクルマといえば、1902年に製作した伝説的な「999レーサー」と呼ばれるレーシングカーです。ヘンリー・フォードが、フォード・モーター・カンパニーを作る上で自分たちの技術力を世に知らしめ、出資者を募るための「デモンストレーション」として生み出した歴史的な1台だ。モータースポーツを宣伝に使うというアイデアのもとに作った、最初のレーシングカーである。凍結したセントクレア湖(ミシガン州)の氷上で速度記録に挑戦。時速91.37マイル(約147km/h)という、当時としては驚異的な世界最高速度を記録した。この時以来、フォードとレースはある意味切っても切れないものになったのはもちろん、この成功により資本金が集まり、1903年見事にフォード・モーター・カンパニーを設立させた。なおこのクルマのレプリカは、日本の富士モータースポーツミュージアムにもある。

そのフォードのレース活動が集大成を迎えたのが、1960年代のル・マン24時間レースである。結論から言うと、フォードは1966年から1969年までの4年間、連続してル・マン24時間レースを制した。

博物館には1967年のル・マンに勝ったフォード「マークIV」が展示されている。当時の高性能車の多くは、左右のノックオンハブが進行方向で締まるように逆ねじで作られていた。組み付けるときに間違えないようにしたのか、左右のスピンナーは車両右側がブルー、左側がレッドに塗り分けられている。このほか、インディ500に優勝した「ロータス38」(エンジンはフォード製)や、ストックカーの数々など、レーシングカーの展示は多い。

1953年のコンセプトカー フォード「X-100」に搭載されたアイデアには多数実用化された装備も

コンセプトカーの展示もある。まだそのコンセプトカーという名称がなかった1953年に、フォードが創業50周年を記念して作ったモデルが「X-100」と呼ばれるモデルだった。リンカーンのシャシーをベースに、50以上の先進技術を詰め込んだ。

「laboratory on wheels」、日本風に言うなら「車輪の上の実験室」だろうが、どこかで聞いたような名前でもある。詰め込まれたアイデアは、電動スライディングルーフ、シートヒーター、電話などで、これらは実用化されたものだ。一方で音量調節できるホーンや、車載電動シェーバーなどは実用化されなかった。

もう1台は1962年のコンセプトカー、フォード「マスタング」である。軽量コンパクトなスポーツカーとして開発されたマスタングは、フォード初のミッドシップスポーツだった。あくまでも宣伝効果を狙ったこのクルマは、初めから生産をする予定はなかったという。のちにフォード「マスタングII」というコンセプトカーが誕生することで、この最初のクルマはフォード「マスタングI」と呼ばれるようになった。

博物館にあるのは、2台作られたうちの実動モデルである。1962年のワトキンスグレンF1レースで一般に公開され、ダン・ガーニーがドライブしたそのものだ。もう1台はモックアップであり、実動車はこれだけである。

今度訪れるときは夏にして、グリーンフィールド ビレッジも見学したいものである。

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  • 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)
  • 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)
  • 幼いころからクルマに興味を持ち、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾る。 大学在学中からレースに携わり、ノバエンジニアリングの見習いメカニックとして働き、現在はレジェンドドライバーとなった桑島正美選手を担当。同時にスーパーカーブーム前夜の並行輸入業者でフェラーリ、ランボルギーニなどのスーパーカーに触れる。新車のディーノ246GTやフェラーリ365GTC4、あるいはマセラティ・ギブリなどの試乗体験は大きな財産。その後渡独。ジャーナリスト活動はドイツ在留時代の1977年に、フランクフルトモーターショーの取材をしたのが始まり。1978年帰国。当初よりフリーランスのモータージャーナリストとして活動し、すでに45年の活動歴を持つ。著書に三栄書房、カースタイリング編集室刊「世界の自動車博物館」シリーズがある。 現在AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)及び自動車技術会のメンバーとして、雑誌、ネットメディアなどで執筆する傍ら、東京モーターショーガイドツアーなどで、一般向けの講習活動に従事する。このほか、テレビ東京の番組「開運なんでも鑑定団」で自動車関連出品の鑑定士としても活躍中である。また、ジャーナリスト活動の経験を活かし、安全運転マナーの向上を促進するため、株式会社ショーファーデプトを設立。主として事業者や特にマナーを重視する運転者に対する講習も行っている。
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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

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