クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB

クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB(オートメッセウェブ)

  • TOP
  • CLASSIC
  • 日産230型「セドリック」であえて“セダン”スーパーデラックスを選んだこだわりとは
CLASSIC
share:

日産230型「セドリック」であえて“セダン”スーパーデラックスを選んだこだわりとは

投稿日:

TEXT: 長尾 循(NAGAO Jun)  PHOTO: 長尾 循(NAGAO Jun)

  • イオンモールむさし村山の敷地は、かつて日産自動車村山工場があった場所である。ここの駐車場でイベントが開催された
  • 日産 230型セドリック
  • 日産 230型セドリック
  • 日産 230型セドリック
  • 日産 230型セドリック
  • 日産 230型セドリック
  • 日産 230型セドリック
  • 日産 230型セドリック
  • 日産 230型セドリック
  • 日産 230型セドリック
  • 日産 230型セドリック
  • 日産 230型セドリック
  • 日産 230型セドリック

昭和の“セダンの時代”を今に伝える1台

半世紀以上前に誕生したセドリック230型。その落ち着いた風格に惹かれ、長く大切に乗り続けているのがオーナーのAさんです。2025年6月1日に東京都武蔵村山市で開催された「第4回プリンスの丘 自動車ショウ」の会場で、その愛車1972年式の日産「セドリック スーパーデラックス」を披露しました。現代では希少となった“さりげないセダン”の魅力を改めて感じさせてくれます。

日産・プリンスゆかりの“聖地”でイベント開催

ご存知の方も多いと思うが、このイベントの会場となったイオンモールむさし村山の敷地は、かつて日産自動車村山工場があった場所である。1962年にプリンス自動車工業村山工場として操業を開始し、1966年の日産との合併後は日産自動車村山工場と改名。2001年に閉鎖されるまで長く日産の主力工場の一翼を担っていた。隣接する「プリンスの丘」公園も、グロリアやスカイラインがこの地で生産されていたことに由来するもので、その一角には「スカイラインGT-R発祥の地」の碑も建つ。まさにここは、日産ファン、とくにプリンス・マニアにとっての聖地といえるのである。

そんな日産ゆかりの地で開催された「プリンスの丘 自動車ショウ」に参加した車両はじつに150台以上。ブランドや車種、年代ごとにずらりと並ぶ様は圧巻であった。その会場の一角に展示されていたのが、このセドリックである。かつて刑事ドラマのカーアクション・シーンで活躍したことからも人気を博した3代目モデルで、形式名230として知られている。この代からセドリックとかつてライバルだったグロリアは、バッジエンジニアリングによる兄弟車となった。これは日産ファンならずとも耳にしたことがあるだろう。

上級グレードではなく“さりげないセダン”をチョイス

「子供の頃から落ち着いた佇まいのセダンに憧れていました」

そう話すのは、このセドリックのオーナーAさんである。

「昔は同じ5ナンバーサイズのなかでも、うまく車格や車種ごとの性格の棲み分けができていましたよね」

5ナンバー枠を目一杯に活かしたデザインは、控えめながらも上級セダンらしい風格を漂わせる。同時期に販売されていたローレルやスカイラインと比べても、その立ち位置の違いが明確である。ちなみにAさんの230セドリックは1972年式で、グレードはスーパーデラックスだ。ちなみに230セドリック・グロリアには、Aさんが所有するセダンのほかにハードトップも設定されていた。

「この上のグレードになるとGLやGXがありますが、少し“頑張った感”が出てしまうように思います。逆に下位グレードのスタンダードは好ましい外観ですが、コラムシフトは3速仕様です。その点、このスーパーデラックスはコラム3速に加えオーバードライブが備わっているのが魅力です」

愛車との付き合いはすでに10年以上に及ぶという。SUVやミニバンが主流の現代から見れば隔世の感があるが、かつて“さりげないセダン”は日常から冠婚葬祭まで、あらゆる場面に対応できる万能でフォーマルな存在であった。Aさんの230セドリックは、まさにその“セダンの時代”を現代に伝える1台なのである。

すべて表示
  • 長尾 循(NAGAO Jun)
  • 長尾 循(NAGAO Jun)
  • 1962年生まれ。デザイン専門学校を卒業後、エディトリアル・デザイナーとしてバブル景気前夜の雑誌業界に潜り込む。その後クルマの模型専門誌、自動車趣味誌の編集長を経て2022年に定年退職。現在はフリーランスの編集者&ライター、さらには趣味が高じて模型誌の作例制作なども手掛ける。かつて所有していたクラシック・ミニや二輪は全て手放したが、1985年に個人売買で手に入れた中古のケーターハム・スーパーセブンだけは、40年近く経った今でも乗り続けている。
著者一覧 >

 

RECOMMEND

MEDIA CONTENTS

WEB CONTENTS

 

人気記事ランキング

MEDIA CONTENTS

WEB CONTENTS

AMW SPECIAL CONTENTS