理想の走りを求めモデル末期に足まわりとボディをリファインしたA90型スープラ
もっとも、延命とはいえ「時間稼ぎ」ではない。むしろ「熟成」の時間が与えられたと見るべきだ。現行A90型スープラは、その最良の例である。
2019年のデビューからすでに6年の年月を重ねているが、2025年初頭に施されたマイナーチェンジは、単なる化粧直しではなかった。サスペンションのダンパー特性を一新し、ブッシュ剛性を高め、車体の結合剛性そのものをチューニングした。電子制御デフの制御プログラムも見直され、ステアリング初期の応答に軽快さが増している。つまり、外観の“衣装替え”よりも、足もとからのリファイン──中身の美学を磨いたのだ。
本来、こうした大掛かりな改良はフルモデルチェンジ時に行うものだ。だがトヨタは、あえてモデル末期のA90型に情熱を注ぎ込んだ。「ファイナルエディション」として限定販売されるモデルに、これほどの手間とコストを掛けるのは異例中の異例である。通常なら「もうすぐ消えるモデルに投資するなんて」と止める声が上がるはずだが、トヨタはその声に屈しなかった。
その背景にあるのは、スポーツカー文化への確かな敬意であろう。内燃機関(エンジン)を搭載するスポーツクルマが歴史の幕を下ろしつつあるなかで、最後まで理想の走りを追求する姿勢は、単なる企業努力ではない。これは“情熱の証明”である。
試乗してみると、その情熱が手に取るようにわかる。路面の凹凸を柔らかくいなし、サスペンションが滑らかに動く。以前はやや硬質だった乗り味が、絶妙な粘りを伴ってしなやかに変化している。ステアリングを切り込んだ瞬間、前輪が素直に路面を捉え、後輪が自然に追従する。電子制御が巧みに働き、かつそれを感じさせない自然さがある。これこそ、ソフトウエアとハードの融合がもたらした進化の形だ。
思えば、モデルチェンジの頻度を競い合っていた時代から、いまは「どう長く愛されるか」が問われる時代へと移行した。9年という歳月は、単なる販売戦略ではない。進化し続けるソフトと、磨き上げられたハードが共存する、新しいクルマ文化のはじまりなのだ。トヨタの決断は、スピードよりも深さを選んだと言える。9年サイクルの向こうにあるのは、きっと“時間に耐える名車”という、新しい価値観だろう。トヨタのクルマづくりは、いま静かに、しかし確実に、次のステージへ進もうとしている。



































