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「ほぼ可能性なし」からの大逆転!D1で藤野秀之選手が1点差の劇的優勝【Key’s note】

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TEXT: 木下隆之(KINOSHITA Takayuki)  PHOTO: TOYO TIRES

摩耗したタイヤと静かなる闘志でつかんだ栄冠

とはいえ、藤野選手の前に立ちはだかる壁は依然として高いものでした。決勝トーナメントで4連勝しなければならず、その途中で得点が僅差の場合にはサドンデス(すなわち延長戦)を戦う必要があります。

ここで最大の試練となったのがタイヤ問題でした。D1では使用本数に制限があり、激戦が続くほどに、摩耗したタイヤで勝負に挑まなければなりません。

タイヤ開発を担当した加藤エンジニアは、深い無念を滲ませながら語りました。

「本来なら新品タイヤで挑みたいところです。ですがルール上、すり減ったタイヤで行くしかありません」

言葉には、戦う選手を思う気持ちと、技術者としての葛藤が静かに宿っていました。

そんな圧倒的不利の状況でも、藤野選手は淡々とクルマへ向かいました。背中には迷いがなく、むしろ静かな闘志が宿っていたように感じます。覚悟を決めた人間は、不思議なほど揺れないものです。

サドンデスの火蓋が切られた瞬間、会場の空気が張り詰めました。摩耗したタイヤで、果たして踏ん張れるのか。藤野選手のマシンがコースに舞い出たとき、動きは驚くほどしなやかで、鋭く、そして美しいものでした。削れたタイヤの叫びを押し殺すように、しかし確かな意志をもって相手へ寄り、姿勢を崩さず、限界のさらに奥へと踏み込んでいく。その姿は、まるで時間の流れさえ従わせているように見えました。

そして、運命の、最終的なスコアが掲示されました。

「170対169」

差は、わずか“1点”。

会場に響いたのは、歓声というよりも、敬意の深い吸い込みの声でした。誰もが理解していたのです。これは偶然ではない。この“1点”は偶然ではなく、藤野秀之選手が、自らの意志と技術でつかみ取った勝利そのものだと。

この瞬間、確かに感じました。藤野秀之選手は、ただチャンピオンになったのではありません。長い歴史のなかで、ごく限られた者だけが立てる“神話の入口”に足を踏み入れたのです。

ドリフトの神・藤野秀之。藤野秀之選手の名は、この台場の海風の中で静かに誕生し、D1の歴史に永く刻まれることでしょう。

奇跡とは、諦めなかった者のもとへ、最後にそっと降りてくる“ご褒美”なのだと、あの日、深く知ることができました。

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  • 木下隆之(KINOSHITA Takayuki)
  • 木下隆之(KINOSHITA Takayuki)
  • 1960年5月5日生まれ。明治学院大学経済学部卒業。体育会自動車部主将。日本学生チャンピオン。出版社編集部勤務後にレーシングドライバー、シャーナリストに転身。日産、トヨタ、三菱のメーカー契約。全日本、欧州のレースでシリーズチャンピオンを獲得。スーパー耐久史上最多勝利数記録を更新中。伝統的なニュルブルクリンク24時間レースには日本人最多出場、最速タイム、最高位を保持。2018年はブランパンGTアジアシリーズに参戦。シリーズチャンピオン獲得。レクサスブランドアドバイザー。現在はトーヨータイヤのアンバサダーに就任。レース活動と並行して、積極的にマスコミへの出演、執筆活動をこなす。テレビ出演の他、自動車雑誌および一般男性誌に多数執筆。数誌に連載レギュラーページを持つ。日本カーオブザイヤー選考委員。日本モータージャーナリスト協会所属。日本ボートオブザイヤー選考委員。
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