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ミウラ ロードスターはなぜ生産に至らなかったか? ? 謎の研究機関にバラバラにされた「幻のミウラ」の真実【ミウラ生誕60周年_07】

ミウラ ロードスターはなぜ生産に至らなかったか? ? 謎の研究機関にバラバラにされた「幻のミウラ」の真実【ミウラ生誕60周年_07】

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TEXT: 山崎元裕(YAMAZAKI Motohiro)  PHOTO: Automobili Lamborghini S.p.A.  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

  • ILZRO ミウラ Zn75:ILZROにより最新素材が組み込まれ、モスグリーンに塗装された「Zn-75」の姿
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:クーペの屋根を切っただけではない。細部まで徹底的に作り込まれたロードスターの造形
  • ILZRO ミウラ Zn75:フロントウインドウの傾斜角も専用設計。流麗なボディラインが際立つサイドビュー
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:ランボルギーニのエンブレムが輝くステアリング。メーター類の配置は基本モデルを踏襲
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:ルーバーを持たず、V12エンジンが完全にむき出しとなった大迫力のリアビュー
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:ルーフもサイドウインドウも備わらない、完全なる晴れの日専用のスパルタンな室内
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:エンジンが外から完全にむき出しとなるため、強烈な吸気音がキャビンに飛び込んでくる
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:奇跡のフルレストアを経て、本来の美しいライトブルーを取り戻した世界に1台の姿
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:マルチェロ ガンディーニが描き出した流麗なフォルム。オープン化に伴いフレームも補強
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:ベルトーネが1台限りで製作したスタイリング プロトタイプ。まさに歴史的傑作である
  • ILZRO ミウラ Zn75:ステアリングやシフトノブまで、鉛や亜鉛などの特殊素材で作り直された特注インテリア
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:真上から見下ろすと、ルーフが一切存在しない特異な構造がよりいっそう際立って見える
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:キャブレターのファンネルが並ぶ。背後からV12エンジンの咆哮をダイレクトに感じる
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:ガンディーニが描き出した流麗なボディラインが際立つ、プロトタイプの美しいサイドビュー
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:ペブルビーチで見事にクラス優勝を飾った、息を呑むほど美しいコンクールコンディション
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:むき出しのシフトゲートが美しい。助手席側の独特なスイッチ配置にも注目だ
  • 奇跡の復活劇を経て、再びランボルギーニの歴史に燦然と輝く唯一無二のマスターピース
  • ILZRO ミウラ Zn75:モスグリーンに塗られた流麗なリアビュー。マフラーなどのパーツも特殊素材で再構築
  • わずか2台のみ製作された幻のオープン。カロッツェリア ツーリングが手掛けた「350 GTS」
  • ランボルギーニ ミウラ ロードスター:1968年のブリュッセル モーターショーで初公開された、歴史的な瞬間の貴重な1枚
  • ILZRO ミウラ Zn75:世界中のモーターショーを巡り、数奇な運命を辿った「Zn-75」時代の貴重な野外カット

世界に1台の幻のオープン! ミウラ ロードスター

1960年代に一世を風靡した伝説のスーパーカー、ランボルギーニ「ミウラ」はご存知の通りです。ではその生産モデルのなかで、世界にたった1台しか存在しない幻のオープン仕様「ミウラ ロードスター」をご存知でしょうか? 名門ベルトーネがワンオフで製作し、謎の研究機関による大改造から奇跡の復活を遂げた、歴史的傑作の数奇な運命を今回はひも解きます。

ランボルギーニが拒否? ベルトーネが造った幻のオープン

ランボルギーニ ミウラのファーストモデルとなった「P400 ミウラ」。その生産第1号車が1966年の12月末に同社のファクトリーで完成したことは、すでに触れているとおりだ。このP400 ミウラに対する反響はフェルッチオが事前に想像していたものよりはるかに大きく、そしてもちろん好意的なものだった。

その結果、かつてランボルギーニとベルトーネの両社で合意していた「P400 ミウラを限定車として生産する」というプランは見直され、正式にランボルギーニのシリーズモデルと位置づけられるに至ったのである。

1967年から本格的にP400 ミウラのデリバリーが始まると、ランボルギーニのもとにはカスタマーからのオーダーとともに、さまざまなリクエストが届くようになる。そのなかでもとくに注目されたのは、より爽快なドライブが楽しめるファッショナブルなオープンボディのP400 ミウラを求める声だった。

ちなみにランボルギーニは1965年、カロッツェリア ツーリングに対して「350 GT」をベースとしたオープンモデル「350 GTS」のデザインを許可し、実際には2台が製作されている。しかし、P400 ミウラのオープンモデルを誕生させることについて、フェルッチオは一切の興味を示さなかった。それはエンジニアのジャンパオロ ダラーラやパオロ スタンツァーニが、強くそれを拒否していたことに大きな理由があったとも伝えられている。

専用設計のボディ! プロトタイプの域を超えた完成度

だがその一方で、P400 ミウラの流麗なスタイリングをマルチェロ ガンディーニの手によって描き出し、さらにはそのボディを製作することにも携わっていたベルトーネにとっては、きわめて魅力的なプロジェクトだった。フェルッチオからの承諾を得た後に、あくまでも1台かぎりのスタイリング プロトタイプとして完成させ、1968年のブリュッセル モーターショーで初披露したのが「P400 ミウラ ロードスター」だった。

P400 ミウラ ロードスターは、オープン化のために単にルーフを撤去しただけのモデルではなかった。驚くべきことに、ソフトトップ(幌)や脱着式のハードトップはおろか、サイドウインドウすら一切装備されておらず、雨が降ればずぶ濡れになるしかない「完全なる晴れの日専用車」であった。

さらにリアセクションでは、ミウラの象徴であるV型12気筒エンジンをカバーしていたルーバーが完全に廃止され、エンジンが外から完全にむき出しになっていた。そのため、V12の強烈な吸気音がキャビンにダイレクトに飛び込んでくるという、とんでもなく刺激的な構造だったのだ。くわえて、サイドウインドウ後方のエアインテークをより大型化するなど、独自のディテールを広範囲にわたって採用していた。

フロントウインドウの傾斜角も変更され、オープン走行時のキャビンへのエアの巻き込みを最小限に抑える効果を生み出していた。ちなみにロードスターにサイドウインドウは装備されない。またベルトーネは、フレームにもオープン化による剛性低下に対応するための補強策を施しており、その完成度はおよそスタイリング プロトタイプの域を超えたものだった。

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