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仲間と資金を出し合い希少車を輸入&製作、アンヌ隊員やファンの支援で復活を遂げた「ポインター号」とオーナーの三十余年のウルトラ情熱物語!

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TEXT: 奥村純一(OKUMURA Junichi)  PHOTO: 奥村純一(OKUMURA Junichi)  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

模型を基に試行錯誤の末に完成させ、車検取得や出演俳優と交流も果たしたポインター製作への執念

いよいよ製作となるのだが、資料がまったくない。模型のモデリングが得意な友人に、1/32スケールのモデルカーを製作してもらうことになった。

「それを板金業者さんに持ち込みまして、『これを32倍してください』と頼みました(笑)」

設計図はなかったので、「テレビの画面を撮ったものをプリントして、この角度はこういう見え方です」といった具合に製作中の板金屋さんに通った。まずはダンボールで型を作り、のちに鉄板で作るといった試行錯誤を重ねた。

そうして1991年に開始したポインター号の製作は1年をかけて完成し、1992年には見事車検も取得する。

「車検取得に向けて相談した陸運事務局の検査官も同じ世代の方で、理解を示してくれたのか好意的に『ここをこうしたほうがいい』などの助言もありました」

完成してからは、当初の目的であるSF大会へ出場。1994年くらいからモロボシ・ダン役の森次晃嗣さん、2000年を過ぎた頃にはアンヌ隊員役のひし美ゆり子さん、2007年にはアマギ隊員役の古谷敏さんら、当時の出演俳優たちとの付き合いができた。

絶体絶命の故障救ったアンヌ隊員やファンの善意に応え公道走行可能な劇中車「ポインター号」のウルトラ凄い物語

その後、完成して10年くらいは楽しむも、修理でイベントに参加できない年もあった。2002年にエンジンがブローし「もうダメだ」と思った時には、なんとひし美ゆり子さんがファンたちに呼びかけてくれたのだ。

「中野サンプラザでひし美ゆり子さんのいろいろなファングループの交流会があったのですが、そのパーティーでの余剰金をポインター号のエンジン修理に充てようと提案してくれたことで、エンジンを載せ替えることができ、路上復帰できたんです。デロリアンやナイト2000なんていう海外映画の劇中車レプリカは結構いらっしゃいますが、ナンバーを付けて走れる日本の特撮劇中車というのはないんですよ。喜んでくれる方もたくさんいらっしゃいますし、このポインター号はたくさんの方々の善意でいまもあるわけです。こうしたイベントには、これからもなるべく駆けつけたいと思っています」

日本の特撮の歴史からいって、ウルトラシリーズの認知度を超えるものはそう多くはないだろう。これからも唯一の存在として、城井さんとポインターは全国各地で勇姿を見せてくれるはずだ。

宇宙からの侵略者に立ち向かったウルトラ警備隊のポインター号。その現実世界での姿は、アンヌ隊員をはじめとするウルトラマンを愛する多くの人々の絆と善意によって、いまも力強く守られ続けているのである。

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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

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