クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB

クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB(オートメッセウェブ)

  • TOP
  • CLASSIC
  • 台風被害を乗り越え復活! 初代オーナーとの絆を紡ぐ日産旧車バンとの楽しいクラシックライフ
CLASSIC
share:

台風被害を乗り越え復活! 初代オーナーとの絆を紡ぐ日産旧車バンとの楽しいクラシックライフ

投稿日:

TEXT: 奥村純一(OKUMURA Junichi)  PHOTO: 奥村純一(OKUMURA Junichi)  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

  • 日産 バイオレットバン:デッドストックの70年代SEVマーシャル製ヘッドライト。ポジションランプ付きの猫マークがレアな逸品だ
  • 日産 バイオレットバン:「クラシックカーフェスティバルイン桐生」の同世代日産車エリアに並ぶ1974年式スーパーデラックス
  • 日産 バイオレットバン:会場の群馬大学桐生キャンパスには、バンとハードトップという2台のバイオレットが並んで展示された
  • 日産 バイオレットバン:最初の嫁ぎ先から現在までの変遷が、オーナーの井田さんによる手書きイラストで紹介されている
  • 日産 バイオレットバン:クルマへの深い愛情が伝わってくる展示ボード。来場者も思わず足を止めて見入っていた
  • 日産 バイオレットバン:カタログ設定色「サンオレンジ」のリアビュー。修復時にオーナーの好みで色替えされたものだ
  • 日産 バイオレットバン:2004年から約20年間、このクルマの数奇な運命をともに楽しんでいるオーナーの井田正彦さん
  • 日産 バイオレットバン:最初のオーナーは食堂の大将。かつては食材の仕入れや出前に大活躍していたであろう広大な荷室
  • 日産 バイオレットバン:点火系にはアメリカ製の「PSKポイントレスキット」を装着し、日常の信頼性を高めている
  • 日産 バイオレットバン:オリジナル状態がキープされたインパネ。ウッド調パネルと曲線のデザインが優雅な雰囲気を演出する
  • 日産 バイオレットバン:エアコンのコンプレッサーはR134a対応品へ交換済み。昨今の猛暑でも寒いくらいに効くそうだ
  • 日産 バイオレットバン:運転席は乗り降りも多いため座面に少し使用感があるが、破れやほつれもなく綺麗な状態だ
  • 日産 バイオレットバン:オリジナル状態を保つリアシート。バンならではのシンプルで実用的な仕立てとなっている
  • 日産 バイオレットバン:購入時は窓枠が錆びて落ちる寸前だったと語る井田さん(右)と、共同管理するスタンザ乗りの友人、沼川さん(左)
  • 日産 バイオレットバン:イベント終了後、大勢の観客に見守られながら群馬大学桐生キャンパスを退出する井田さん

台風で屋根が全壊する悲劇を乗り越え復活。旧車バンが紡ぐ初代オーナーや仲間との心温まる絆

群馬大学桐生キャンパスで開催された「クラシックカーフェスティバル イン 桐生」の会場で、ひときわ温かい空気をまとっていたように感じられたのが1974年式日産「バイオレットバン」でした。オーナーの井田正彦さんが2004年に即決購入して以来、大サビの修復や台風被害による大破など、数々の困難を乗り越えてきました。クルマを通じて旧友や初代オーナーとの絆を深めていく、心温まる井田さんの旧車ライフを覗いてみましょう。

幼少期の家族の思い出やツチ系モータースポーツ経験を経て、旧車へ傾倒し選んだ「日産バイオレットバン」

もともとは2輪車でモトクロス競技を楽しんでいたという井田正彦さん。4輪車に乗り始めてからは、三菱 ミラージュでダートトライアルへ参戦するなど、土(ツチ)系と呼ばれるオフロードモータースポーツへのめり込んでいった。

その後はラリーへ転向するほど本格的にモータースポーツを楽しんでいた井田さんだが、旧いクルマに目覚めたきっかけは、当時お台場にあったテーマパーク「MEGA WEB(メガウェブ)」のヒストリーガレージに展示されていた1台のクルマだったという。

「ミラージュの後もランサーエボリューションなど、ずっと三菱系の現行車に乗っていたので、展示されていた三菱 ギャランGTOの姿に強烈に惹かれました」

そんなきっかけから、初めての旧車としてギャランGTOを愛車として迎える。

「それからはランサーEXターボや日産 130Zなど、少し古いクルマにもチョコチョコ手を出していたのですが、ある日、兄がセダンの日産 バイオレットに乗り始めたんですよ」

バイオレットは、幼少期の井田家のクルマとして思い出深い存在であり、「自分もバイオレットがいいな」とぼんやりと考えるようになった。

ちなみに、1973年に登場した初代バイオレット(710型)は、ブルーバードとサニーの間を埋める車種として誕生した。セダンは当時流行した複雑な曲面構成の「ファストバックスタイル」を採用したが、後方視界に難があったため、直線的で実用的な「バン」や「ハードトップ」のほうが当時から重宝されたという歴史的背景がある。

愛車の車検を機に雑誌で見た格安バイオレットバンを即決するも、窓枠の腐食を乗り越え1年かけてレストア再生

「ちょうどその頃、ギャランGTOが車検のタイミングだったのですが、この状態じゃ通らないな……という場面だったんですよ」

当時は車検制度が今よりも厳しかった時代だ。流用パーツでパワステ化したGTOは車高が落ちすぎて最低地上高が不足していただけでなく、キャンバー角も付き過ぎてしまっていた。

「さてどうしようかなと悩んでいましたが、車検費用くらいの予算でバイオレットの出物があったら欲しいな、と頭の片隅で考えたんです」

そんなタイミングで、自動車雑誌の個人売買欄にバイオレットのバンが載っているのを発見する。15時くらいに雑誌を見て、わずか1分後に電話。そのままの足で埼玉県熊谷市まで現車確認に行き購入を即決した。ランニングコンディションだったため、19時には自走して自宅へと帰宅した。2004年のことである。

翌朝、明るい場所で改めてバイオレットを検分した井田さんは「破格値の理由はこういうことか」と気付くことになる。

「よく高速に乗って帰れたなと思うくらい、フロントウインドウの窓枠がサビていて、ガラスが落ちる寸前だったんです」

そこで、競技時代からお世話になっている板金工場へと入庫させ、井田さん自身もサビ落としを手伝うなどして、約1年をかけてボディを修復した。もともとはグリーンメタリックだったが、カタログ純正色にあった「サンオレンジ」へとオーナーの好みで全塗装し、美しく蘇らせた。

屋根に瓦が刺さる台風被害から3年越しに復活したバイオレットバンは、友人との共有機に互いの旧車愛を深める

それからはお兄さんのセダンと2台を連ねてイベントへ行くなど、ひっそりとマイペースに旧車ライフを楽しんでいた。しかし2019年10月、関東地方に甚大な被害をもたらした台風19号によって悲劇が起きる。強風で隣家の屋根が舞い上がり、その瓦が自宅駐車場に駐めていたバイオレットの屋根に突き刺さってしまったのだ。

「その頃は板金屋さんも年齢的な理由で大きな仕事はできないという状況で、自分も仕事が忙しく手伝いに行けませんでした。結果的に、修復されて戻ってきたのは3年後でした」

2022年に奇跡の復活を果たしたバイオレットバンだったが、また自宅に置いて同じような台風被害に遭ったら……と、井田さんは置き場所を躊躇していた。すると、今回の日産 スタンザでイベントに参加していた友人の沼川さんが「俺もマニュアル車に乗りたいし、うちに置けばいいじゃん」と提案してくれたのだ。

沼川さんはモータースポーツに熱中していた頃からの長い付き合いで、「お互いに悪影響を受けちゃった」と笑い合う関係だ。井田さんの仕事が多忙になったこともあり、「置きっぱなしにするより、乗ってもらったほうがクルマのためにも良い」と、沼川家が新たなガレージとなった。

これをきっかけに沼川さんも旧車の魅力に取り憑かれ、自身でスタンザを手に入れるなど、お互いに刺激し合う素晴らしい関係が築かれている。

書類から判明した初代オーナーの食堂をバイオレットで訪問、思い出を共有しながら仲間と共に旧車ライフ謳歌の日々

そんなある日のこと。それまで気に留めていなかった新車時の契約書や、前オーナーの住所が記載された古い車検証などを沼川さんが引っ張り出してきた。

「調べると、最初のオーナーは食堂をやっていて現在も営業されていたんです。そこで2人でバイオレットに乗って、その食堂までご飯を食べに行ったんですよ。とっくにスクラップになっていると思っていた当時のご主人も大喜びしてくれて、『昔はこれで出前にも行っていたんだよ』という思い出話を聞かせてくれました。本当に楽しい訪問でした」

以降は毎年、バイオレットに乗ってその食堂へ行くことを楽しみにしているという井田さん。今回、彼らが2台並んで姿を見せた「第18回クラシックカーフェスティバル in 桐生」(2025年11月2日、群馬大学理工学部桐生キャンパスにて開催)の会場でも、バイオレットの周りには常に笑顔が絶えなかった。度重なるトラブルや自然災害を乗り越え、仲間との絆で蘇った旧車バンは、初代オーナーの思い出をも乗せて、今日も元気に走り続けている。

すべて表示
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

RECOMMEND

MEDIA CONTENTS

WEB CONTENTS

 

人気記事ランキング

MEDIA CONTENTS

WEB CONTENTS

AMW SPECIAL CONTENTS