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伝説のF1マシンが8億円超えで落札! フェラーリ抜擢のジル・ヴィルヌーヴも操ったフェラーリ「312T3」の現在地を探る

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TEXT: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  PHOTO: 2026 Courtesy of RM Sotheby's  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

タイヤメーカーの勢力図とロイテマンが見せた執念の走り

ロイテマンとシャシーナンバー036の次なる舞台となったのは、翌戦のフランスGPだった。そのエントリーリストのうち、ミシュランタイヤを履いたのはフェラーリの2台のみだった。ポール・リカール・サーキットではグッドイヤー勢に優位が傾く情勢のもと、ロイテマンは再び予選8番手からスタートする。ところが度重なるトラブルにより4回のピットストップを要してしまい、最終的には18位フィニッシュに終わる。

それでも、順位を挽回しようとする努力の一環として、彼はラップレコードを2秒も更新する奮闘ぶりを見せた。

そして8月下旬のオランダGPの開催サーキットであるザントフォールト・サーキットでの出走が、この個体とロイテマンのコンビにとっては最後の完走となる。このときの彼は予選4番グリッドからスタートし、このシーズンの絶対王者であるロータス 79の2人や、ラウダのブラバムから1秒未満のビハインドで周回を重ねた。そして、このシーズンの世界チャンピオンとなったアンドレッティがF1での最後の勝利を飾るかたわら、このフェラーリは7位でチェッカーを受けた。

スペアカーへの降格とヴィルヌーヴによる最後のドライブ

シャシーナンバー036は、イタリアGP、アメリカ東GP、カナダGPでの最終3戦においてスペアカーとして1978年シーズンを終えた。北米ワトキンス・グレンでは別のフェラーリ 312T3とともにロイテマンが4勝目を挙げ、ドライバーランキング3位となった。また、ヴィルヌーヴも母国カナダで行われた最終戦で、自身のF1キャリアにおける初勝利を獲得する。

そしてコンストラクターとしてのフェラーリは、このシーズンを文字どおり圧倒した歴史的傑作であるロータス 79を擁するロータスに次いで、ランキング2位でシーズンを終えた。

フェラーリ 312T3は、翌1979年シーズン開幕戦にも再び投入されることになる。フェラーリがコンストラクターズタイトルを獲得し、ロイテマンに代わって新加入のジョディ・シェクターがドライバーズタイトルを手にしたこのシーズン。開幕戦のアルゼンチンGPにおいて、シャシーナンバー036はヴィルヌーヴに託された。

創始者のエンツォ・フェラーリ、そして世界中のティフォージ(フェラーリの熱狂的なファン)から熱愛されたこの華麗なカナダ人ドライバーは、ブエノスアイレスでのグリッドポジションを活かし、7位でフィニッシュする。そしてこのクルマはその後ブラジルGPにも持ち込まれ、そこで再びスペアカーとして出番を待つこととなったが、後継車であるフェラーリ「312T4」のデビューにより、最終的な退役を迎えるに至った。

フェラーリ公式の認証を得た個体が8億円超えの価格で落札

そののちシャシーナンバー036は、歴史の表舞台から長らく遠ざかることになる。しかし2025年1月にはフェラーリ公式のクラシックカー認定部門である「フェラーリ・クラシケ」の検査に提出され、正式に認証が授与された。

この車両と一緒に保管されているおなじみの「レッドブック」には、レース履歴にくわえてオリジナルのシャシーとボディワークが保持されていることが記録されている。また、現役当時の正規仕様の180度V型12気筒エンジン(No.97)と5速マニュアルトランスミッション(No.11)が搭載されていることも確認された。

現時点では、1980年アルゼンチンGPにてヴィルヌーヴが駆ったときのレースナンバー「12」のカラーリングとなっているが、これはヴィルヌーヴとロイテマンの人気の差を思えば至極当然にも思われる。また、3セット分のフルサイズ・スリックタイヤ(ミシュラン2セット、イタリアのピレリ1セット)にくわえて、操作性と輸送性を高めるための4セットのナローゲージホイールとタイヤを付属して販売される。さらにフロントおよびリア用ジャッキ、燃料給油用ファンネルも同梱されるとの由であった。

RMサザビーズ欧州本社は、自社の公式オークションカタログ内で「このフェラーリを再びサーキットに送り出す前に、車体の徹底的な点検と安全装置の更新を行うことをお勧めします」と勧告したうえで、450万ユーロ〜550万ユーロ(邦貨換算約8億3700万円〜10億2300万円)というエスティメート(推定落札価格)を設定する。

ところが、世界中の熱心なティフォージ、ないしはヴィルヌーヴのファンの注視のもとに迎えた競売では、433万6250ユーロで落札されることになった。最新の為替レートで日本円に換算すると、約8億654万円である。

たしかにこのハンマープライスは、エスティメートを若干ながら割り込んでいた。しかし、8億円オーバーという金額はインパクトが大きなものであることは、間違いあるまい。

※為替レートは1ユーロ=186円で2026年5月31日時点のレート換算

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  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 1967年生まれ。かつてロールス・ロイス/ベントレー、フェラーリの日本総代理店だったコーンズ&カンパニー・リミテッド(現コーンズ・モーターズ)で営業・広報を務めたのちイタリアに渡る。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所、都内のクラシックカー専門店などでの勤務を経て、2001年以降は自動車ライターおよび翻訳者として活動中。また「東京コンクール・デレガンス」「浅間ヒルクライム」などの自動車イベントでも立ち上げの段階から関与したほか、自動車博物館「ワクイミュージアム(埼玉県加須市)」では2008年の開館からキュレーションを担当している。
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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

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