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最後のアナログ怪物ツーリングカー! 約8887万円で落札されたDTMワークスBMW「M3」が放つ抗いがたい魔力

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TEXT: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  PHOTO: Bonhams  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

驚きの約8887万円で落札された世界一美しいグループAのBMW M3

「もっとも美しいグループAツーリングカー」の一台と賞賛される伝説のマシンが存在する。BMW「M3(E30型)」のDTM仕様だ。なかでも英国のエースであるスティーヴ・ソーパーが1992年に駆った元ワークスマシンは、モータースポーツの歴史で特別な輝きを放っている。手つかずのオリジナル状態から完全レストアを経て、オークションで約8887万円という驚愕の落札価格を記録した至高のレーシングカーが放つ圧倒的な熱量を感じてほしい。

DTM選手権で熾烈な戦いを繰り広げた元ワークスマシンの歴史をたどる

1990年代初頭までに、DTM(ドイツツーリングカー選手権)は世界のモータースポーツ界でもっとも熾烈な戦いが繰り広げられる舞台へと進化していた。あらゆるコーナーで精密なエンジニアリングと生来のドライビングタレントが激突する戦場となっていた。その中心に君臨していたのが、すでに伝説的な地位を確立していた1台のBMW E30系M3である。

もともとFIA(国際自動車連盟)グループAのホモロゲーション(認証)用モデルとして構想されたM3は、純粋にモータースポーツを念頭に設計されていた。ワイド化されたフェンダー、アグレッシブなエアロダイナミクス、そして高回転型の直列4気筒DOHC・16バルブエンジンは、すべてレース現場の要求によってかたち作られている。

1987年から実戦投入されたE30系M3は、1992年シーズンが到来するころにはすでにDTMに加えて数々の国際レースで勝利を重ねていた。欧州から全日本ツーリングカー選手権にいたるまで、史上もっとも成功したツーリングカーの1台として地位を確固たるものとしていたのだ。

今回注目するシャシーNo.「WBA121307」の個体は、1992年のDTMシーズンでファクトリーサポートを受けていたサテライトチーム「チーム・ビガッツィ」に納入されたものだ。ワークスカーであるため、通常のプライベートチームには提供されない改良型のシャシースペックが採用されている。

この過酷なシーズンを通じて、ソーパーはこの個体とともにワークスチームのライバルたちと競い合った。新たな挑戦者が台頭するなかでも、E30プラットフォームの衰え知らぬ競争力をみごとに証明したのだ。彼はその年、第7戦アヴスと第14戦ノリスリンクでそれぞれ2勝を挙げ、DTM総合9位でシーズンを終えている。この時代は今や、モータースポーツのもっとも純粋な形態のひとつと見なされている。BMW最後の優勝マシンとして、歴史の重要な1ページを飾っているのだ。

限界まで鍛え上げられた自然吸気エンジンとアナログな魅力

このBMW M3 DTMは、E30系M3プラットフォームの最終進化形であり、従来のFIAグループA規定のもとで、限界まで開発が進められていた。1993年以降のDTMはレギュレーションの改定により複雑な新時代が幕を開ける。しかしそれまでの枠組みで、最終期のE30系M3は高度なバランスとドライバーの関与を純粋に体現していた。

軽量なボディに「BMW M」の名高いS14型エンジンを搭載し、シンプルに後輪を駆動する。このエンジンは排気量がFIAグループA「ディビジョン2」の上限である2.5リッターに拡大され、フルレース仕様では350馬力を優に超える出力を発揮した。のちに続くアルファ ロメオ「155 V6 TI」やメルセデス・ベンツ「Cクラス DTM」など、異次元のテクノロジーが投入された怪物マシンたちとは異なり、E30系M3はよりアナログ的なメカニズムに頼っていた。正確な操作を求め、勇気に報い、適切なドライバーの手にかかれば圧倒的な威力を発揮したのだ。

1993年、このM3はチェコのドライバーへと売却され、スポンサーカラーでDTMに再び参戦した。その後1994年に現役を引退し、1998年からは博物館に展示される。そして今回の出品者でもある現オーナーが購入した際、マシンは手つかずの正統的なオリジナル状態を保っていた。スティーヴ・ソーパーが使用したステアリングホイールを含む、すべてのオリジナルパーツが残されていたのだ。

しかし現オーナーは、マシンをシャシーからボディまで完全に分解する決断を下す。可能な限りオリジナルの状態を保つことに細心の注意を払いながら、ビガッツィチーム時代の威厳を取り戻すべく自社工房で修復をおこなった。レストアが完了した直後、彼はミュンヘンに当時ドライバーだったソーパーやチーム関係者を招いて再会イベントを開催し、彼ら全員がこのM3にサインを残している。

ライバルを凌駕する約8887万円のハンマープライス

オリジナルのFIA公認証明書も添えられたこの元ワークスM3。ツーリングカーレースがドライバーの技量と機械的な純粋さ、そして限界まで追い込まれた自然吸気エンジンのサウンドによって定義されていた時代を今に伝えるものだ。オークションハウスは、32万5000〜42万5000ユーロ(邦貨換算約5980万円〜7820万円)というエスティメート(推定落札価格)を設定した。

そして迎えたオークション当日。競売ではエスティメート最高値を大幅に上回る48万3000ユーロまで値が跳ね上がった。日本円に換算すると約8887万円という驚異的な価格で、競売人の小槌が打ち鳴らされたのである。

この目覚ましいハンマープライスは、同じセールスに出品された元ワークスマシンのメルセデス・ベンツ「190E 2.5-16 エボリューションII」が記録した39万1000ユーロを明らかに凌駕するものだった。ライバルである190E エボリューションIIも、魅力的なルックスで高い人気を誇るモデルであることに疑いはない。

しかし、このM3が叩き出した驚愕の落札価格は、「世界一美しいグループAツーリングカー」という称号が持つ抗いがたい魔力を明確に証明している。クラシックカー市場において「カッコいいクルマは評価が高い」という真理だ。デジタル化が進む現代において、ドライバーの腕と純粋な機械的メカニズムが火花を散らした熱狂の記憶は、これからも愛好家たちの心を捉えて離さないのである。

※為替レートは1ユーロ=184円(2026年6月27日時点)で換算

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  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 1967年生まれ。かつてロールス・ロイス/ベントレー、フェラーリの日本総代理店だったコーンズ&カンパニー・リミテッド(現コーンズ・モーターズ)で営業・広報を務めたのちイタリアに渡る。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所、都内のクラシックカー専門店などでの勤務を経て、2001年以降は自動車ライターおよび翻訳者として活動中。また「東京コンクール・デレガンス」「浅間ヒルクライム」などの自動車イベントでも立ち上げの段階から関与したほか、自動車博物館「ワクイミュージアム(埼玉県加須市)」では2008年の開館からキュレーションを担当している。
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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

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