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修復歴すら戦いの勲章! 本物の競技歴を持つランチア「HFストラトス」が放つ唯一無二のオーラ

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TEXT: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  PHOTO: Bonhams  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

本物の競技歴を持つランチアHFストラトスGr.4の数奇な運命に驚く

クラシックカー愛好家の夢の舞台であるモナコ。F1モナコGPのクラシック版「グランプリ・ドゥ・モナコ・ヒストリーク」に付随してボナムズ社のオークションが開催された。144点の出品ロットが特設ステージを飾るなか、ひときわ強いオーラを放っていたのが過去最強の傑作ラリーカーと言われるランチア「HFストラトス」だ。本物の競技歴を有するFIAグループ4仕様の壮絶なヒストリーと、オークションにおける現実を確かめてみたい。

WRC制覇という唯一の目的のために誕生したピュアなホモロゲートモデルを振り返る

1972年に試験的に実戦投入され、1974年からシリーズ生産が開始されたランチア HFストラトスは、FIAの世界ラリー選手権(WRC)制覇という目的のためだけに創り出されたピュアなホモロゲートモデルだ。もともとはカロッツェリア・ベルトーネのデザイン実験車「ストラトス・ゼロ」として1970年のトリノ・ショーに出品されたコンセプトカーであった。それをランチアが買い上げ、2社の共同プロジェクトとしてラリー専用車へと昇華させたのである。

ランチアのワークスチームである「ランチア・スクアドラ・コルサ」の要望に応え、徹底的なコンパクト化が図られたボディは、ベルトーネがデザインと製作を担当した。シャシーはラリー現場でのサービス性やセッティングの利便性を考慮し、センターモノコックと鋼板製サブフレームの混成構造を採用している。ミッドシップに搭載されるエンジンは、フェラーリ「ディーノ246GT」用に設計され、フィアットに生産が委託された2418ccの65度V型6気筒DOHCユニットである。

生来の目的どおりFIAのグループ4認証を獲得したワークス仕様のストラトスは、名手サンドロ・ムナーリらのドライブにより、1974年から1976年まで3シーズン連続でランチアにWRCのコンストラクターズタイトルをもたらす大成功を収めた。

名門ジョリー・クラブから実戦デビューを果たし数々のラリーを闘い抜く

ワークスチームだけでなく、多くのプライベーターたちにも愛されたHFストラトス。今回ボナムズのセールに出品されたグループ4仕様(シャシーナンバー1754)は、1975年にイタリア国内で市販バージョンとして新車納車された。その後、直ちにランチア公認ファクトリーのひとつであるユニバーシティ・モーターズへと送られ、完全なグループ4仕様へと改造されている。

そして、ランチア・ワークスを補完する名門サテライトチーム「ジョリー・クラブ」の名義でエントリーされる。ミラノのナンバープレートを掲げた同車は、1976年6月に開催されたイタリア国内戦ラリー「4レジョーニ」にて実戦デビューを果たした。

同年チームのサポートを受けていたプライベーターのアントニオ・コドニェッリに譲渡され、1977年のWRC「ラリー・モンテカルロ」にも出場している。ジョリー・クラブを象徴する青と白のカラーリングをまとって挑んだ大舞台だったが、残念ながら結果はリタイアに終わった。

クラッシュによる修復歴すらも戦うマシンとしてのリアルな歴史を物語る

その後も国内戦へのエントリーを続けたが、同年のラリー4レジョーニにおいてシャシーナンバー1754は深刻な損傷を負ってしまう。そこで当時のモータースポーツ界の慣例に従い、別のHFストラトス(シャシーナンバー1682)の代替センターボディを使用して修復され、ふたたび1754として再登録されたのだ。

復活を遂げた同車は、WRC「ラリー・サンレモ」や欧州ラリー選手権、さらにイタリア国内選手権など数々のラリー競技に1982年まで現役マシンとして参戦し、複数の表彰台を含む好成績を残している。1984年1月にラリーカーとしての現役生活を終え、その後は歴代のオーナーたちの手に渡って良好なコンディションが保たれてきた。

2018年にはサスペンションやギアボックス、エンジンを含む全面的なリビルドが施され、現在ではジョリー・クラブ時代の現存する数少ない1台として広く認知されている。膨大なヒストリーアーカイブや証明書も揃っており、「ラリー・モンテカルロ・ヒストリーク」などもっとも権威あるクラシックイベントへの参加資格も有している極上の個体だ。

高額な推定落札価格に届かず流札となったクラシックカー市場のシビアな現実を探る

この由緒正しきランチア HFストラトス Gr.4に対し、ボナムズ社は現オーナーと協議のうえ、75万〜90万ユーロ(邦貨換算約1億3800万〜1億6560万円)という非常に高額なエスティメート(推定落札価格)を設定した。

ところがオークション当日の競売では、売り手側が期待したほどには入札が伸びず、最低落札価格に届くことなく流札という結果に終わった。現在はエスティメートを保持したまま継続販売中となっている。

なぜ、これほどの歴史的価値を持つ名車が落札されなかったのか。そこには、現在のクラシックカー市場が抱えるシビアな現実が見え隠れする。ラリーカーとしての過酷な闘いを証明する「代替ボディによる修復歴」は、モータースポーツファンからすれば名誉ある戦いの勲章である。しかし、投資対象として「完全なオリジナル状態」を極端に重視する一部のコレクター市場においては、大きなマイナス要因として判定されてしまった可能性が高い。

とはいえ、このマシンがWRCを本気で戦い抜き、数々のドラマを生み出してきた本物であることに変わりはない。効率や利便性が優先される現代において、純粋に勝つためだけに造られた内燃機関の咆哮と、泥臭くも美しい修復の歴史は、カタログスペックには表れない圧倒的なロマンを放っている。この孤高のラリーカーの真価を理解し、情熱とともに次世代へ引き継ぐ新たなオーナーが現れることを願ってやまない。

※為替レートは1ユーロ=約184円(2026年6月29日時点)で換算

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  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 1967年生まれ。かつてロールス・ロイス/ベントレー、フェラーリの日本総代理店だったコーンズ&カンパニー・リミテッド(現コーンズ・モーターズ)で営業・広報を務めたのちイタリアに渡る。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所、都内のクラシックカー専門店などでの勤務を経て、2001年以降は自動車ライターおよび翻訳者として活動中。また「東京コンクール・デレガンス」「浅間ヒルクライム」などの自動車イベントでも立ち上げの段階から関与したほか、自動車博物館「ワクイミュージアム(埼玉県加須市)」では2008年の開館からキュレーションを担当している。
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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

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