「フェアレディ2000」をオリジナル状態に復元して旧車ライフを楽しむ
小型車の代名詞的存在だった「ダットサン」。かつての日本では、ダットサン=小型自動車を意味する日本語だと勘違いする人がいたほど、その名は広く浸透していた。そのダットサンをこよなく愛する有志たちが1985年に創立したのが、全日本ダットサン会である。この全日本ダットサン会が運営する旧車イベント「第27回 品川クラシックカーレビュー イン 港南」の会場にいたのが、1968年式ダットサン「フェアレディ2000」を所有する84歳の愛好家が語る、奥深いカーライフとは。
動態保存を目標に掲げる全日本ダットサン会が品川駅前で旧車イベントを開催する
1台でも多くのダットサン(日産およびプリンスを含む)を動態保存することを目標に掲げ、1985年に創立されたのが全日本ダットサン会である。同会は年間を通じてさまざまな活動を精力的に行っているが、その全日本ダットサン会が運営(主催は品川駅港南商店街と警視庁高輪警察署)するイベントのひとつが、4月5日に開催された「品川クラシックカーレビュー イン 港南」だ。
初回から数えて第27回目となる今回も、会場となったJR品川駅港南口のふれあい広場には、日産系の車両を中心に古今東西のヒストリックカー約40台が展示された。
保安基準に合わせて改良された後期型のダットサン フェアレディ2000を溺愛する
戦前のダットサン・ロードスターの時代から、日産は伝統的にそのラインナップにスポーツカーを用意してきた。戦後も1953年のダットサン「スポーツDC-3」に始まり、2代目ダットサン「スポーツ(S211型)」、そしてダットサン「フェアレディ1500(SP310型)」、「フェアレディ1600(SP311型)」と進化を続け、2リッターエンジンの「フェアレディ2000(SR311型)」に至る。
このフェアレディ2000に搭載された2リッターのU20型エンジンと、ポルシェタイプのシンクロナイザー(マニュアルトランスミッションの変速をスムーズにする同期機構)を持つ5速MTの組み合わせは、当時の国産車として初めて最高速度200km/hの壁を突破した(カタログ値205km/h)歴史的な名機である。今回の会場には、そんな金字塔ともいえるダットサン フェアレディ2000が2台エントリーしていた。

お話を伺ったのはそのうちの1台、1968年式ダットサン フェアレディ2000のオーナーである。御年84歳ながら今なお矍鑠(かくしゃく)たる森田 隆さんだ。
「この個体を手に入れたのは13年ほど前ですが、ダットサンとの付き合い自体はずいぶん長いです」
そう語る森田さんの愛車は1968年式である。対米の保安基準に合わせてフロントウインドウの高さが引き上げられたり、インパネにクラッシュパッドが備わったりしたおなじみの後期モデルだ。
納屋放置の個体やシングルナンバーの旧車も所有する筋金入りのダットサンフリーク
「もともと5代目ダットサン『トラック(320型)』に乗っていたのですが、今から30年くらい前、そのダットラで参加した八王子いちょう祭りというイベントの会場で、全日本ダットサン会の佐々木徳治郎会長に声をかけられ、それから全日本ダットサン会とのお付き合いが始まりました」
森田さんはこのほかにも、長いあいだ納屋の奥で放置されていた内装オリジナルのダットサン「ブルーバード(312型)」や、「多摩5」のシングルナンバーを持つダットサン「ブルーバード(411型)」なども所有しているという、筋金入りのダットサンフリークである。
オリジナルパーツに戻しながら、純正ハードトップを装着して酷暑の夏の快適性を高める
「このダットサン フェアレディ2000は友人が乗っていたものを譲り受けたものです。手に入れた当初はエアクリーナーがファンネルに替えられていたり、ステアリングも小径のものが装着されていたりしたのですが、それらはすべてオリジナルに戻しました。手に入れた時はソフトトップだったのですが、夏の直射日光が厳しいので現在は純正のハードトップを入手して取り付けています。とはいえ、最近の夏の暑さは異常ですね」

全日本ダットサン会のメンバーであると同時に「SP/SRオーナーズクラブ」のメンバーでもある森田さん。失われたオリジナルパーツをひとつずつ復元し、日本の厳しい気候に合わせてハードトップを装着するなど、愛情にあふれたメンテナンスの手は休むことがない。御年84歳を迎えてもなお輝き続けるその眼差しは、名車とともに歩む果てしないロマンを静かに物語っている。






































