走行10kmのまま20年間眠り続けた公道仕様のポルシェ「カレラRSR3.8」が登場!
クラシックカーの世界では時折、想像を絶する「タイムカプセル」から飛び出したようなマシンが発見されることがある。2026年7月8日に開催されたRMサザビーズのThe Woodcote Park Auction 2026に、ポルシェがVIP顧客のために世界でたった2台だけ製造したポルシェ「911カレラRSR 3.8」の公道仕様が登場した。走行距離わずか10kmのまま20年間も保管されていたマシンが、約7億6300万円で落札された奇跡の個体の全貌が明らかになった。
カスタマーレーシングプログラムの充実から生まれた964型ポルシェ911「カレラRSR3.8」
1980年代後半に絶大な人気を誇ったグループCカーのレースは、急激なレギュレーション変更やコスト高騰により1992年に終焉を迎えた。フラッグシップとなるワークス活動の場を失ったポルシェは、新たなカスタマーレーシングプログラムの主役として、964型のポルシェ 911カレラRSR 3.8を開発した。
自然吸気の3.8リッター空冷水平対向6気筒エンジンは380馬力を発揮し、巨大なリアウィングと一体化したグラスファイバー製のエンジンフードに収められている。軽量化のためにアルミニウム製のドアやボンネット、極薄のガラスが採用され、スパ・フランコルシャン24時間レースでの総合優勝やル・マンでのクラス優勝など、デビュー直後から輝かしい戦績を収めている。

ターボSライトウェイト4台にRSR3.8を2台、英国のVIP顧客が特別な6台をオーダー
ドイツのGTシリーズに参戦するためのホモロゲーション(公認)要件を満たすため、55台の公道モデル(RS)と51台の競技車両(RSR)が製造された。この51台のレーシングカーのうち、2台だけは特別な顧客のために「公道仕様(シュトラッセンバージョン)」として製造されている。当時のポルシェは深刻な財務危機に陥っていたため、血の滲むような社内改革としてトヨタ方式の徹底したコスト削減が行われた一方で、ボクスターの爆発的ヒット作に恵まれていた。さらに特注ポルシェ(Porsche Exclusive)事業は「貴重な手元資金の調達」として重要な役割を担っていた。
ここに登場した1台も、イギリスのVIP顧客が特注ポルシェ事業部門を訪れ、この2台のRSRを含む特別なモデル(ターボSライトウェイト左ハンドル仕様2台/ターボSライトウェイト右ハンドル仕様2台/カレラRSR3.8公道仕様左右ハンドル各1台)計6台を一度にオーダーしているから驚く。
彼が特別に注文した6台のポルシェ 911は、すべてスピードライン製3ピースホイールのセンター部分がアメジストメタリックに塗られ、ゴールドのブレーキキャリパーを備えていた。今回落札されたRSR3.8左ハンドル仕様の個体は、ポーラーシルバーメタリックの外装を持ちながら、内装はガーズレッドの本革で覆われている。シートやダッシュボードだけでなく、張り巡らされたマター製のロールケージやエアジャッキの配管、ステアリングコラムに至るまで、職人の手作業で本革が覆われている。さらに、カンカンレッドのカーペットや6点式レーシングハーネスまで見事にカラーコーディネートされているのだ。
ル・マン仕様のレースエンジンと最高級の快適装備を備えたまま約20年に渡り眠り続けていた
レーシングカーの無骨な骨格内装を最高級の本革で覆い尽くすという徹底したこだわりの一方で、そのメカニズムは生粋の競技車両そのままである。リアにはツインプラグ化された「ル・マン仕様」のレース用エンジンが搭載され、120リッターの大型燃料タンクや完全なエアジャッキシステム、ロック率40パーセントのリアディファレンシャルが装備されている。
本来であればサーキットで限界走行を楽しむためのクルマだが、この個体は一度も全開で走ることはなかった。オーナーの巨大なコレクションの奥深くにしまい込まれ、新車時の防錆保護ワックス(コスモライン)が塗られたまま、約20年ものあいだ人知れず眠り続けることになる。

世界にたった1台だけのRSR3.8豪華内装を持つ公道仕様は事前予想を遥かに超える額で落札
この奇跡のタイムカプセルが再び日の目を見たのは、2015年のことである。世界にたった1台だけが存在するポルシェ911「カレラRSR3.8」公道仕様左ハンドル車両が示していたオドメーターの走行距離は、新車デリバリー時のテスト走行レベルであるわずか「10km」であった。工場出荷時に装着されたタイヤを履き、マッチングナンバーの3.8リッター水平対向エンジンとゲトラグ製ギアボックスを維持したまま、保管中についたホコリすらもその歴史の一部として残されている。
今回、事前のエスティメート(予想落札価格)で185万〜220万ポンド(邦貨換算約4億4400万〜5億2800万円)を大きく上回り、最終的に349万2500ポンド(邦貨換算約7億6300万円)という金額で落札された。そもそも964型のカレラRSR 3.8は、その後のポルシェにおける「GT3 RS」系譜の事実上の元祖とも言える存在であり、空冷エンジン時代の頂点に君臨するモデルとして別格の評価を受けている。当時の公道向けホモロゲーションモデルである「RS 3.8」の新車価格が約1800万〜2000万円前後であったことを考慮すると、約7億6300万円という現在の評価がいかに桁違いであるかが際立つ。
通常の競技仕様である同モデルのオークション相場が、レース履歴を持つ個体であっても概ね2億円から3億円前後で推移していることを踏まえると、今回の価格がいかに突出しているかがわかるだろう。現代のハイパーカーを複数台購入できるほどの価格帯だが、最新モデルでは再現不可能な空冷エンジンの特性とビスポーク(特注)の極致が評価された結果である。四半世紀の時を超えて新車の状態を保つこの個体は、世界中のコレクターからの絶大な支持を証明している。
※為替レートは1ポンド=218.6円(2026年7月20日時点)で換算































































