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トヨタ「サイノス」を覚えてる? 93.4万円と軽自動車より安いプライスだったセクレタリーカーとは

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TEXT: 小鮒康一(KOBUNA Koichi)  PHOTO: AMW/トヨタ自動車

  • トヨタ「サイノスβ」のインパネ(初代)
  • ヘッドレスト一体型のシートを採用(初代サイノスβ)
  • スポーティグレードのβはアルミホイールを装着していた
  • サイノスに搭載されていた5E−FHE型エンジン(初代サイノス)
  • サイノスに搭載されていた5E−FE型エンジン(初代サイノス)
  • スポーティグレードのβ(初代サイノス)
  • エントリーグレードのα(初代サイノス)
  • スポーティグレードのβはアルミホイールを装着していた
  • フロントにはスポーティなシートを装着していた(2代目サイノス)
  • プッシュ式ヒーターコントロールパネルにはオートエアコン付き(2代目サイノス)
  • ベーシック版のαグレードのエンジンは1.3Lにサイズダウン、トランスミッションも4速MT/3速ATとそれぞれ1段少ないものとなっていた
  • 運転席にはSRSエアバッグ&ウレタン4本スポーツステアリングホイールを採用
  • ホワイトメーターを採用していた
  • 5E16バルブEFI-Sエンジン(2代目サイノス)
  • 4E16バルブEFIエンジン(2代目サイノス)
  • パープリッシュブルーマイカメタリックを纏った2代目サイノス
  • タイヤサイズは175/85Rに13インチと14インチが用意された
  • ラゲッジスペースは思いのほか広かった
  • 1995年に登場した2代目サイノス

低価格で魅力的なモデルだった

1991年に登場したトヨタ「サイノス」は、ターセル/コルサ/カローラIIをベースにした2ドアクーペモデルで、グレートは「α」と「β」の2種類をラインアップしていました。1995年にフルモデルチェンジが行われ、2代目になったサイノスも2グレード用意。「α」の新車価格は93.4万円と低価格と魅力的なモデルです。あらためて同車を振り返っていきます。

ベースモデルとスポーティモデルの2グレードで展開

今では一部のスポーツモデルでのみ見ることができるだけになってしまった「クーペ」というボディ形状だが、1990年代くらいまでは、“日常の移動の手段としてスタイリッシュなクーペを選ぶ”ということも珍しくなかった。

これは女性の社会進出が早かったアメリカにおいて、そういったアクティブな女性が気軽に乗れる「セクレタリーカー」としてクーペモデルが人気を集めていたことも影響している。アメリカでは最近までその流れがあったため、シビックなどには北米市場のみクーペモデルが存在していたのだ(ただしシビッククーペは先代型で終了)。

そんなユーザー向けに1991年に登場したのが、トヨタ サイノス(輸出名パセオ)。ベースとなったのはトヨタのボトムラインを担っていたターセル/コルサ/カローラIIの3兄弟で、共通するプラットフォームに2ドアクーペのボディを載せたものとなっていた。

ただベースとなったターセル3兄弟よりもスポーティな性格も持ち合わせており、搭載エンジンは1.5Lのみのチューニング違いだった。105psを発生する通常モデルを「α」に、115psを発生するスポーティ仕様を「β」に搭載。βではリアディスクブレーキや、Gセンサーを用いた電子制御サスペンションの上下G感応TEMSなどがオプション設定されていた。

そして1995年9月にはフルモデルチェンジを果たして2代目へと進化したサイノスは、ベースも1世代新しいターセル3兄弟となった。デザインは初代の正常進化版といったもので、詳しくない人では違いに気付かないほどのキープコンセプトとなっていた。

ただ、バブル崩壊後に登場したモデルということもあり、ベーシック版のαグレードのエンジンは1.3Lにサイズダウン、トランスミッションも4速MT/3速ATとそれぞれ1段少ないものとなっていた。エントリー価格は先代よりも安い100万円切りの93.4万円と低価格となっていたのが大きな違いだ。

ただコストダウン一辺倒かというとそうでもなく、1996年8月には先代には存在しなかったコンバーチブルを追加。このコンバーチブルは日本からコンバーチブル用に補強を施した車両をアメリカに送り、アメリカのASC社の手でコンバーチブル化を施したのちに日本に送り返すという手の込んだ方法を採っていた。

これはセリカコンバーチブルと同じ生産手法だったが、それでも160万円を切るスタート価格となっていたのは今考えるとバーゲンセールと言えるだろう。

そんなサイノスも日本のコンパクトクーペ需要の縮小と、ベースとなったターセル3兄弟の終焉と共に1999年に終売となり、実質的な後継車種のプラッツ(輸出名エコー)には北米市場向けに引き続き2ドアクーペモデルが存在していたが、日本には導入されることはなかった。

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