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SUPER GT開幕直前! 職人レースカメラマンが2024年シーズンの見どころを解説

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TEXT: 佐藤正勝(SATO Masakatsu)  PHOTO: 佐藤正勝(SATO Masakatsu)

  • ARTAシビック
  • 車両火災から復活を遂げたHOPPY Schatz GR Supra GT
  • GR86のシートに座る小林 利徠斗選手
  • 30号車は変わらずGR86
  • GR86をドライブする小林 利徠斗選手
  • レクサスLC500hに座る中村 仁選手
  • 31号車は2024年シーズンもレクサスLC500hで参戦
  • レクサスLC500hのステアリングを握ることになった中村 仁選手
  • 100号車STANLEY CIVIC TYPE R-GT
  • 16号車 ARTA MUGEN CIVIC TYPE R-GT
  • 17号車 Astemo CIVIC TYPE R-GT
  • 64号車 Modulo CIVIC TYPE R-GT
  • 23号車 MOTUL AUTECH Z
  • 12号車 MARELLI IMPUL Z
  • 38号車 KeePer CERUMO GR Supra
  • 14号車 ENEOS X PRIME GR Supra
  • ホンダから移籍した大湯都史樹選手
  • 談笑する大嶋和也選手(左)と福住仁嶺選手
  • HOPPY team TSUCHIYAの土屋武士監督
  • 23号車は千代勝正選手とロニー・クインタレッリ選手のコンビとなった
  • 8号車 ARTA MUGEN CIVIC TYPE R-GT

いよいよ国内最高峰のGTレース「スーパーGT」が開幕

長年日本のモータースポーツを撮影し、見届けているレースカメラマンたちも、間もなく開幕する「スーパーGT」2024年シーズンに合わせて本格始動です。3月16日〜17日の2日間、岡山国際サーキットで行われたシーズンイン直前のテストを取材した佐藤正勝カメラマンが見て、聞いて、感じたことをリポートします。

名門aprの2台には18歳の若手有望株がエントリー

この前シーズンが終わったと思ったらもう始まんのかいっ! て思うのは加齢のせいなんだってことはわかっちゃいるけど、時の流れの早さを感じずにはいられない。あくまでおっさんの私的シーズン前予想なのでノークレームでお願いしますよ。

そんな2024年のシーズン初めのテストでは、あの名門チーム「apr」のドライバーエントリーリストを見て少々驚いた。年々驚く事は少なくなってくるが、こればかりは驚かざるを得ないだろう。

そのaprが走らせているのが30号車のトヨタ「GR86」と31号車のレクサス「LC500h」だが、GR86には2023年同様Aドラに永井宏明選手、Bドラに織戸 ま・な・ぶ……じゃなくて2023年のF4チャンピオンの小林利徠斗(りくと)選手の名前が。またLCのBドラにもまた2023年のF4シリーズ2位の中村 仁(じん)選手が登録されていたのだ。(編集部注:織戸 学選手は30号車GR86のCドライバーとして登録)

ともに18歳のついこの前まで高校生、おっさんからしてみれば息子のような年齢の子にいくらGT300とはいえ乗せても大丈夫か? とまずは驚き、そして懐疑心が湧くのは当然のことではないだろうか。

だがそんな老婆心を他所にこの2人ときたらそれなりにタイムを刻んでいくではないか。やはり2ペダル、パドルシフト、シミュレーターやゲームで育った世代はいろいろと飲み込みが速いんだなぁと実感させられたし、トヨタの育成プロジェクトの本気度も伝わってくる。

そしてこれを書いている時点で中村選手はまだ免許を持っていないのだ。おっさんが免許を取った時の教習車なんかコラムシフトのクラウンだったけどね……。それにしても自分が18歳の頃と照らし合わせてみると恥ずかしくなるくらい、まるで比較にならない立派な18歳ではないか。

2024年シーズン、2人は先輩ドライバーたちからどれほど技術を吸収していくのだろうか? また先輩たちも若い刺激を受けてどの様な化学変化を起こしていくのか楽しみである。

車両火災に見舞われた「ホピ子」がいよいよ復活!

昨年の第4戦富士での火災で残りの参戦を断念していたHOPPY team TSUCHIYA。資金難などの噂も聞こえて来てはいたが、「シン・ホピ子」が富士の公式テストで復活シェイクダウンを行った。

おっさん的には2023年のあの状態を見てしまったら心が複雑骨折して何もできなかったと思うが、先代の父・春雄さんの背中を見て育った武士には現実に背を向けるという選択肢は皆無だったようだ。

土屋武士監督

そんな武士だからこそ多くのファンや関係者、そして長年応援してくれるスポンサーが見放さなかったのだろう。なんとも嬉しい限りだ。

思い返せば神奈川県でも東大進学率トップの高校を出ておきながら、なんでレーサーなんかになるのよ? って話をしたこともあったが、そのくらい頭が良かったから今があるのだと思う。

環境が環境なだけに父親の仕事を手伝っていれば必然的にエンジニアの知識も付いてきただろうし、1989年にカートレースを始めて以来FJ、F3とステップアップし、2000年には自費でフォーミュラー・ニッポンに参戦してみたり。もちろんスーパーGTの前進である全日本GT選手権にも数多く参戦した経験を基に、エンジニア、ドライバー、そして経営者としての今があるのだろう。

そんな武士が、

「今回の復活は助けて頂いた皆様のおかげ。だからうちのチームだけのクルマではなく、みんなの気持ちを乗せたクルマとして、また『シン・ホピ子』を走らせる船長として自分も頑張っていこうと思っています」

と語っていたのが印象的だった。

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