911派を「トランスアクスルによるハンドリング性能はドライバー疲労を軽減する」と社内を説得!
ヤンダは「データコム」社から多額のスポンサーシップを獲得した。しかし、ターボを搭載してモンテカルロへ参戦するには、FIAが規定する「400台の生産」をクリアする必要があった。
ところが、工場労働者のストライキにより生産目標の達成が不可能になってしまう。バルトはFIAに特例を働きかけたが認められず、チームは自然吸気エンジンでの本戦出場を余儀なくされた。
この年の「モンテ」は過酷な天候が続いた。バルト組の0015号車は総合20位クラス4位で完走したものの、ヤンダ組はショックアブソーバーの不具合でリタイアを選択する。それでも、ホモロゲーション取得前に参戦し、無傷で持ち帰ったことは驚異的な偉業だった。
続いてチームは、過酷を極める1979年「サファリ・ラリー」へ照準を合わせる。この時点で170psのターボエンジンはFIA公認を取得し、メーカー公認での参戦となった。
スタートナンバー「26」の0015は、水越え用フラップやスポットライトで強化されていた。しかし、過酷な路面でダンパーが故障し、それがトランスアクスルジョイントの破損を招く。結局、2台ともリタイアという結果に終わった。
それでも苦難の末に得た知見は大きかった。この経験はのちの「924カレラGT/GTS」や、純レーシングカー「GTR」の開発へとつながっていくのである。
924ターボでのラリー活動を率いていたユルゲン・バルトは、社内やファンの「911こそポルシェ」派に向かって924の優位性を説き続けた。フロントエンジン・リアミッションによるトランスアクスル方式が持つ完璧に近い重量配分がもたらすハンドリング性能は「特に滑りやすいラリー路面では、911よりもコントローラブルで、ドライバーを疲れさせない」とバルトは主張し続けたという。
ラリー実戦後は驚異的オリジナル状態を保持してオークションに登場した924ターボだったが…
書類によれば、ユルゲン・バルトは1980年12月にシャシーNo.「#924-8100015」をフランスの販売代理店「ソノート」へ売却している。
「パリ・ダカールラリー」挑戦のために入手したソノートは、信頼性を優先してターボエンジンを撤去したようだ。現在まで残る自然吸気エンジンに交換された可能性が高いという。
結局パリダカ参戦は実現せず、車両は再びバルトのもとに戻った。彼はこれを「ジンズハイム技術博物館」に収蔵させ、2022年まで展示。その後、高名なコレクターへと売却した。
こんにち、この開発車両は1970年代後半の現役時代からほぼ手つかずの状態にある。戦いを経たパーツ群や内部番号ステッカーを保持する、驚異的なオリジナル状態だ。公式カタログには、公道やラリーへ復帰させるには徹底的な整備が必要であることが正直に申告されていた。
今回の出品に際し、ブロードアロー社はターボ付きエンジンもセットにし、15万〜20万ドル(邦貨換算約2400万〜3200万円)の推定落札価格を設定した。そのうえで「最低落札価格なし(リザーブなし)」での出品に踏み切った。
この競売形態は会場が盛り上がる反面、希望額に届かなくても強制的に落札されてしまうリスクがある。
そして3月7日、その負の側面が現れた。ハンマープライスは売り手側の希望を大幅に下回る7万5600ドル。現在の為替レートで約1210万円である。歴史的価値を鑑みれば、リーズナブルとも言えそうな価格での決着となった。やはりポルシェ社のレン・シュポルトは911、という固定概念が市況をそうしているのか。
※為替レートは1ドル=160円(2026年4月2日時点)で換算






































































































