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「スカイラインの父」からの手紙 直列6気筒エンジンに命をかけた男が語る「スカイラインはなぜ直6でなければならなかったのか? 」【櫻井眞一郎没後15周年特別寄稿vol.5】

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TEXT: 山崎真一(YAMAZAKI Shinichi)  PHOTO: GT-R Magazine/日産自動車(Nissan)/日産モータースポーツ&カスタマイズ(NMC)

直列6気筒エンジンへの一途な信念が、スカイラインGT-Rを最強たらしめた

初代スカイラインから開発に携わり、2代目S50型から7代目R31型の途中まで長きにわたり開発責任者を務めた故・櫻井眞一郎氏の没後15年の節目を迎えるにあたり、生前のインタビューをもとに、その言葉をあらためて紐解いていきます。第5回は「直6エンジン」編です。

V型6気筒を拒み、直列6気筒に徹底してこだわった理由

スカイラインといえば直列6気筒エンジン、というイメージが強いと思うが、わたしが直6にこだわった理由は「とにかくスムーズに回る」という一点につきる。振動の質も含めて、あの独特なフィーリングが好きだった。もうひとつには、2代目スカイラインに初搭載されたG1型から長く直列4気筒をやってきた流れもある。「直4と同じようなものを2気筒分つなげれば直6になるじゃないか」という、いま思えばずいぶん単純な発想だが、当時は比較的素直にそう考えていた。専用設備もインライン方向に延ばせばいいだけだったからだ。

もちろん、直6はV型6気筒と比べれば不利な点もある。ブロック自体の振動、全長が伸びることによるねじり剛性の問題、重量増といった難点は確かにあった。寸法的に見ても、クランクシャフトの振動が出にくいという点は、必ずしも絶対的な優位性ではなかった。それでも、全体としての回転バランスは直6が非常に優れている。磨いていけば、もっといいエンジンになる。そう確信するようになってからは「もう直6以外にない」と疑わなくなった。オーテックジャパン(現・日産モータースポーツ&カスタマイズ)の社長に就任したとき、建物のデザインにまで直6のイメージを反映させたくらいだから、それほど惚れ込んでいた。

「自分たちが作りたいものをやれ」開発担当者と夜遅くまで議論を重ねた日々

ただし、わたしはエンジンの製作そのものには口を出さなかった。

「自分たちが作りたいものをやれ。もし搭載できなければ、ボディに穴を開けてでも積んでやる」
そう言って任せていた。載せるためにエンジンを妥協するのは、本意ではないと思っていたからだ。

とはいえ、すべてを丸投げしていたわけではない。コミュニケーションはつねに取っていたし、自らが白紙から設計する立場ではない分、車載後はかなりうるさくあれこれと言った。「レスポンスが甘い」「このトルクカーブではダメだ」「バルブの抜けが悪い。リフト量を変えろ」などと、相当な要求を担当者に突きつけた。ときにはエンジン屋がわたしの横に座り、「ああでもない、こうでもない」と夜遅くまで議論を重ねたこともある。

わたしは車両屋だから、いいエンジンは何よりほしい。レスポンスがよく、力があり、よく回る。しかもトルク感が豊かで、人間の感性に素直に響くもの。GT-Rの心臓として理想なのは、そういうエンジンだった。「R」というバッジにふさわしい存在は、やはりS20しかなかったと、いまでも思っている。

エンジンよりも「いい足」を優先した、スカイライン開発の根本哲学

もっとも、エンジンがどれほど優れていても、クルマとしてのバランスが取れていなければ意味がない。このエンジンをどう活かすか、つねにトータルで物事を考えなければならなかった。

クルマ作りには、まずコンセプトがあり、次に足まわりをどうするかを考える。わたしはいつも、それを1枚の紙にすべてを書き出していた。エンジンルームは直6を載せる前提でスペースを確保するが、細かな設定は後回し。まずは「いい足」を作ることを最優先に考えた。クルマの魅力は、足から生まれると信じていたからだ。

それでも、エンジンへの欲求は人並み外れていたと思う。開発担当者からは「うるさい、うるさい」とよく言われた。ただ、その姿勢があったからこそ「櫻井さんがあそこまで突き詰めるなら、俺たちも頑張らなきゃいけない」という空気が生まれた。エンジン屋と車両屋が一体となって作り上げたGT-Rは、当時の2ℓクラスのなかで動力性能もスタビリティも最強のものにしたかった。その思いは相当強かった。

「自然の理に従う」独創的な設計者が唯一拠り所にした教え

けれど、自然の摂理を壊してまでそれをやりたいとは思わなかった。だからわたしは、他社のクルマを研究するということをほとんどしなかった。そんな設計者は、わたしくらいだったかもしれない。独創的で何もかもやったと言われるが、実際にはこれほど「教え」に頼った設計者も珍しいのではないだろうか。その教えとは、自然の理に従うことだった。

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