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史上初のWRC専用設計車両となった生産わずか492台のランチア「ストラトスHF」ストラダーレが約1億円の高額売買!

史上初のWRC専用設計車両となった生産わずか492台のランチア「ストラトスHF」ストラダーレが約1億円の高額売買!

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TEXT: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  PHOTO: RM Sotheby's  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

高いオリジナル性を維持したランチア「ストラトスHF」

ラリー競技史上もっともアイコニックなモデルの一つであるランチア「ストラトスHF」は、グループ4仕様のラリーマシンのみならず、ホモロゲーション(公認)取得用の量産モデルもクラシックカー市場で高値で取引される人気モデルとなっている。2026年7月8日に開催されたRMサザビーズのオークション「The Woodcote Park Auction 2026」に、高いオリジナル性を誇る息を呑むようなストラダーレ版の個体が登場した。

世界初のWRCラリー競技専用設計のスーパーカー、それがストラトス!

1970年のトリノ・ショーのカロッツェリア・ベルトーネのブースにて、コンセプトカー「ストラトス・ゼロ」が披露された時から、ランチアの広報部長サンドロ・フィオリオと、その息子でランチアのワークスチーム「スクアドラ・コルセ」総監督であるチェーザレは、このデザインをいかにして実戦的な競技用モデルへと具現化できるかという無限の可能性に気づいていた。

フィオリオ親子はこの直後からランチアの社長ウーゴ・ゴッバートに面会を求め、ストラトス・ゼロをベースにしたベルトーネ製ボディのラリー車両開発を提案した。元フェラーリのトップでもあったゴッバートは、開発コストを抑えつつ目的に即したパワーを得るべく、フェラーリ「ディーノ246GT」のV6エンジンと5速マニュアルトランスアクスルを組み合わせることを条件に、この前代未聞のプロジェクトを承認したという。

当時、ランチアと同じフィアット傘下にあったフェラーリにとって、ライバルとなり得るモデルへエンジンを供給することは異例であったが、エンツォ・フェラーリの英断によりディーノV6エンジンの搭載が実現した。この奇跡的なコラボレーションが、ストラトスを単なるラリーカー以上の特別な存在へと昇華させている。

 

1971年のトリノ・ショーにて、ランチアはマルチェロ・ガンディーニがデザインした新ボディをまとったストラトスHFのプロトタイプを発表する。このモデルのくさび形ボディは、同じくベルトーネのデザインスタディだったアウトビアンキ「A112ランナバウト」(1969年)を思わせる一方で、ラリーの現場が求める前方視界を提供する、大きなラップアラウンド式ウィンドスクリーンを特徴としていた。

1972年、ランチア・スクアドラ・コルセはストラトスHFをFIA「プロトタイプ」として参戦させたものの、当初は勝利を手にすることは叶わなかった。しかし1973年に初勝利を挙げると、その1年後にはグループ4ラリーでの覇権を確立する道を爆走してゆく。ストラトスは1974年10月に開催されたサンレモラリーでWRC初優勝を遂げるとその後も驚異的な成功を収め、1974年から1976年にかけて世界ラリー選手権(WRC)のコンストラクターズタイトルを3年連続で獲得した。また、1977年にはワークスドライバーのサンドロ・ムナーリがWRCドライバーズチャンピオンを獲得する一助となり、その名声を確固たるものにしている。

ワークスチームの参戦が終了したあとも、ストラトスはプライベートチームの手によって勝利を重ね続け、1979年にはモンテカルロ・ラリーでも優勝を果たした。現在ではWRC専用に設計された史上初の自動車として認知されているランチア ストラトスHFだが、その生産台数はわずか492台(諸説あり)という控えめな数値に留まった。しかし、その希少性やスーパーカーのごとき魅惑的なデザイン、卓越した走り、そして輝かしい競技実績を兼ね備え、ランチアでももっとも収集価値の高いモデルの一つとしてコレクターから敬愛されている。

マッチングナンバーと純正塗装&ホイールを保持した極上の公道仕様

RMサザビーズ「The Woodcote Park Auction 2026」に出品されたランチア ストラトスHF(シャシーNo.001843)について、RMサザビーズは次のように主張している。

「驚くほど高いオリジナル性を誇り、初期のイタリアの資料もいくつか残されていることから、近年オークションに出品されたなかでももっとも正統な1台と証明されています」

その来歴には絶対の自信を持っているようだ。

車両とともに保管されているメーカー生産記録によると「ストラトス・レッド」の塗装が施され、インテリアはブラックの模造スウェード地「スカイ」に「サヴァル・レッド」のカーペットが組み合わされ、1975年1月に組み立てが完了したとされる。6カ月後、このストラトスはイタリア・トスカーナ州ピストイアにあるランチア代理店を介して、地元の愛好家のもとに納車された。この来歴はオリジナルの保証書への記載、および日本のJAF(日本自動車連盟)に相当するACI(イタリア自動車クラブ)の公式書類によって裏づけられている。また、保証書に押された整備記録スタンプからは、メンテナンスのために正規ディーラーへ繰り返し持ち込まれていたことが明らかで、最初の所有者のもとで入念に手入れされていたことがうかがえる。

1985年11月、10年間にわたる入念な手入れの末、最初のオーナーはこの個体を売却したが、数ヶ月後にはピストイア在住の別の所有者へと渡っている。しかしこの三代目のオーナーは、2014年に英国在住の愛好家に引き継がれるまで、約20年間にわたりこのストラトスを所有し続けた。

2016年に国際的に高い評価を受けるコレクターである現オーナーに売却されたのちにも、オリジナルに忠実な状態で保存されている。近年は高級クラシックカー・スペシャリストとして定評のあるオックスフォード州のザ・ライト・カー・カンパニー社にメンテナンスが委ねられていた。

生産記録のデータと一致する機械的な刻印から、このストラトスはシャシー、エンジン、ボディのナンバーが一致していることが確認されている。つまり、現在の市場で高く評価される「マッチングナンバー」車両である。さらに、オリジナルのボディパネルと塗装の大部分を保持しており、驚くほどオリジナルの状態を保っている。オドメーターは公式オークションカタログ作成時点で6万8421kmを示しているかたわら、修復された形跡が見られないカンパニョーロ社製のストラダーレ純正ゴールドホイールが今も装着されている点も注目に値する。

1億円前後の価値があると推測されるオークションの落札価格を考察

「ランチア愛好家、ラリーファン、そして1970年代のスーパーカー愛好家たちからも、間違いなく羨望の的となるはずです」

そう語るRMサザビーズ欧州本社は、この個体に対して48万5000ポンド〜55万ポンド(邦貨換算約1億600万円〜約1億2020万円)という、ここ数年におけるストラダーレ(公道仕様)のマーケット相場をかなり上回るエスティメート(予想落札価格)を設定していた。

迎えた競売では入札が進み、無事に落札へと至っている。オークション終了後もハンマープライス(落札価格)は公表されていないが、「最低落札価格なし」での取り引きではなかったことから、エスティメートの範囲内で落札された可能性が高い。ストラダーレ版であっても、マッチングナンバーと高いオリジナル性という好条件がそろえば、1億円前後の価値があることが証明されたと言える。ラリー界の至宝は、その歴史的価値に見合った評価を受け、新たなオーナーのもとで大切に保管されていくことだろう。

※為替レートは1ポンド=218.6円

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  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 1967年生まれ。かつてロールス・ロイス/ベントレー、フェラーリの日本総代理店だったコーンズ&カンパニー・リミテッド(現コーンズ・モーターズ)で営業・広報を務めたのちイタリアに渡る。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所、都内のクラシックカー専門店などでの勤務を経て、2001年以降は自動車ライターおよび翻訳者として活動中。また「東京コンクール・デレガンス」「浅間ヒルクライム」などの自動車イベントでも立ち上げの段階から関与したほか、自動車博物館「ワクイミュージアム(埼玉県加須市)」では2008年の開館からキュレーションを担当している。
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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

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