巨匠ガンディーニがデザインした工場見学用VIP送迎車が約3510万円で落札!
イタリア北部ロンバルディア州のコモ湖畔で開催される由緒正しいクラシックカーイベントが「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」である。その併催オークションに、おもちゃ箱から飛び出してきたようなミニバスが登場した。名門カロッツェリア(自動車車体工房)のベルトーネが手がけたフィアットのVIP専用工場見学バスである。失礼を承知で言うなら、たかが「工場見学用バス」に18万9750ユーロ(約3510万円)もの値がついたという。現存わずか2台とも言われる特注モデルの「工場見学用バス」の正体とは?
スーパーカーの巨匠がベルトーネ時代に工場見学用のバスをデザイン
1970年代、フィアットの社長であったジャンニ・アニェッリは、新たにオープンした工場へ重要顧客(VIP)を案内するため、快適でラグジュアリーな送迎車を求めていた。そこで白羽の矢が立ったのが、名門ベルトーネに在籍していた天才デザイナー、マルチェロ・ガンディーニである。
ランボルギーニ「ミウラ」や「カウンタック」など、後世に語り継がれるスーパーカーの代名詞とも言えるウェッジシェイプ(くさび型)を生み出した巨匠が、まさかの工場見学用バスをデザインしたのだ。スーパーカーのエッジの効いた造形とは打って変わり、ルーミーで親しみやすいスタイリングを採用している点に、ガンディーニの引き出しの多さと確かな手腕を見ることができる。

VIPをもてなすために6ドアとパノラマルーフを採用
工場見学のゲストを快適にもてなすため、このビジターズバスには異常とも言える作り込みが施されている。コンパクトな車体にもかかわらず、側面には左右合わせて6枚のドアが備わっており、乗客はシートを倒すことなくそれぞれ独立した6つの座席へスムーズにアクセスすることが可能だ。
さらに、天井にはプレキシガラス(アクリル樹脂)製の広大なパノラマルーフが採用され、工場の巨大な設備を見上げるのに最適な視界を提供している。デュアルエアコンも完備されており、広大な工場内を移動する際も、常にVIPにふさわしい快適な環境が約束されていたのである。
フィアット850をベースに4速セミATを搭載
奇抜なルックスの下に隠されたメカニズムも、マニアの心をくすぐる要素に満ちている。この車両のベースとなっているのは「フィアット850」であり、リアには843ccの直列4気筒エンジンが搭載されている。これにイドロコンバートと呼ばれる4速セミオートマチック・トランスミッションが組み合わされ、スムーズな発進と変速を実現している。
ベースとなったフィアット 850に搭載されていた「イドロコンバート」は、トルクコンバーターとクラッチペダルレス機構を組み合わせた当時の画期的なセミATだった。VIPを送迎する際に変速ショックを極限まで和らげるという送迎バスの目的に合致した合理的な選択であった。
1975年のトリノモーターショーで華々しくデビューし、既存の「850 ファミリアーレ」の後継として期待されたものの、最終的に量産化されることはなかった。生産されたのはわずか6台未満とされており、今日まで生き残っているのはこの個体を含めてわずか2台のみと考えられている。

特注モデルこそ、その時代の自動車産業を物語る歴史的遺産にほかならない
最高峰のデザイナーを起用し、VIPをもてなすためだけに採算度外視でワンオフモデル(特注車)を作ってしまう。それは、当時のフィアットが持っていた絶大な権力と、イタリアの自動車産業が最も勢いづいていた時代の豊かさを象徴しているといえる。
今回のオークションでは、この個体には事前のエスティメート(予想落札価格)として、8万ユーロから12万ユーロ(邦貨換算約1480万円〜2220万円)という価格が設定されていた。しかし、結果としてその予想を大きく上回る18万9750ユーロ(約3510万円)で落札されることとなった。
現代の効率化されたビジネスでは決して生まれることのない6ドアの特注ミニバスが、これほどの価格で落札された事実は極めて重要である。単なる珍車としてではなく、自動車産業の黄金期を物語る歴史的遺産として高く評価された証左だ。このような特注モデルの取引は、今後のクラシックカー市場におけるデザインとヒストリーの価値基準を再定義する試金石となるはずだ。
※為替レートは1ユーロ=185円(2026年7月26日時点)で換算



















































