ニューコンパクト・メルセデスからディーゼル乗用車が拡充
第2次大戦後の1949年、戦前型170のボディにディーゼル・エンジンを搭載した経済車170D(W136型)を発表。復興の足がかりとなり1953年までに3万3823台も造られた。1953年には新設計の180D(W120型)、1961年にニューボディの190D(W110型・通称ハネベン)、1968年はニュージェネレーションのコンパクト・メルセデスW114/115型の登場を機に200Dと220Dがラインアップされる。1973年には240D、そして1974年に同じボティに3L 5気筒ディーゼル・エンジンを搭載した240D 3.0を発表する。
1976年、ニューコンパクト・メルセデスがフルモデルチェンジしたW123型の発表に伴い、日本市場には240D、300Dが導入される。1978年にはディーゼル乗用車の戦後累計生産台数200万台突破。同年4月30日、イタリアのナルドサーキットで量産車用「5気筒ターボディーゼル・エンジン」をベースに開発された実験走行車C111-IIIが9つの世界速度記録を樹立(最高速度325km/h)した。
1982年の190シリーズ(W201型)発表と共に、日本市場にはディーゼルエンジンを搭載した300SDターボ(W126型)、300TDターボ(S123型)が導入された。そして1989年、日本市場に190D2.5ターボ(W201型)が導入される。

ディーゼルエンジンがクリーンで扱いやすく身近になる
特筆すべきことは、クリーンで扱いやすい第3世代コモンレールディーゼル+DPFを備えたE320CDI(W211型)が2006年に日本市場に登場したしたことだ。Eクラスは2009年にW212型へと進化してワゴン発売した2010年2月、ディーゼルモデルが「Blue TEC(ブルーテック)」と命名される。じつは、このブルーテックでは新しい手法で窒素酸化物(NOx )を大幅に低減させ、新時代の排ガス規制に対応していたのだ。
排ガス中にAdBlue(尿素水溶液)を噴射し、熱反応によりアンモニアを生成させた後にSCR触媒コンバーターを通過させ、化学反応により有害なNOxのほとんどを無害な窒素と水に還元する画期的な浄化システムだった。実際にエンジンをしばらく掛けながら排気管の下に白いハンカチを当ててみたがまったく汚れず、クリーンディーゼルの実力を証明した。さらにエンジンルームはもちろん、アンダーパネルで隙間なくカバーしてあり、正にカプセルルーム。静粛性にも優れていたのである。このブルーテックは3L V6直噴DOHC電子制御式可変ターボチャージャー付きで、低回転から高回転までスムースでハイレスポンス。さらに燃費も良好と申し分ない性能だった。








































































