スポーツカー=速いクルマの定義の変質を憂う多田氏
かつてトヨタ自動車のスポーツカー部門を統括されていた多田哲哉さんが、BMWと共同で研究開発をしていらした思い出の街、ミュンヘンを再訪。ミュンヘン在住のモータースポーツジャーナリストの池ノ内みどりさんが、市内観光で多田氏夫妻をエスコートしました。観光しながら池ノ内さんから投げかけられた質問に、多田さんはイヤな顔ひとつせずすべて応えていただきました。
近年の遊びクルマ作りは金満家ターゲットの傾向
スープラの開発業務時代には会食などでミュンヘン市内を訪れたこともあったそうです。しかし、ご多忙で一度も観光をしたことがなかったとのことで、多田さんご夫妻と多田さんのご友人とで市内中心地へ。市庁舎のからくり時計を観てから、その向かいのカフェでお茶をしました。そして市庁舎内の見学ツアーに参加してランチを摂りました。住んでいるとなかなか観光にも行きませんし、街の中心地のレストランに行くこともないので、とても新鮮な日でした。
トヨタ自動車在職時にはアウトバーンをはじめ、世界中の道路でさまざまなクルマの運転をされた多田さんに、不躾な質問をしてみました。
––ドイツではアウトバーンの速度制限解除区間で夜中や早朝に張り切ってぶっ飛ばすドライバーはいますが、それも最近は随分と減りました。
「日本の道路交通法下の制限速度ではスピードを楽しむことはできませんので、サーキット走行でハイパフォーマンスカーのポテンシャルを楽しむ以外にないでしょう。それは世界中の多くの国のユーザーにとっても似た状況ですね」と。
「趣味のクルマ、スポーツカー=速いクルマという流れはずっと続いてきていたけれど、逆に言うと多くの流れが変わってきていると感じています」となかなか興味深いお話です。
「昨今では自動車メーカーは、お金持ち相手にしか楽しめるクルマを作れない状況になっています」と分析してくださいました。
自動車だけではなく、さまざまな物の物価が上昇するなかで、ごく一般的な所得の若者たちがスポーツカーに乗って楽しんでみたいなと思っても、現在、新車で販売されているスポーツカーには彼らが思い切って購入できる価格帯の車両も限られているのが現実。中古車もコロナ禍以降に随分値上がりしました。
ドイツの旧車ブームの裏に見える若者世代の厳しい経済力
じつは私はドイツで開催されている巨大な日本車のイベントに、毎年のように取材に行っているのですが、会場にはドイツやヨーロッパの10代~50代の男女が日本車の、それもとくに旧車に熱中する方々が数多く集います。まさに多田さんがおっしゃるとおりに、ドイツの若者たちも自国の新車を購入するのは大変厳しい状態で、逆にアナログで昭和や平成初期のスポーツカー全盛期のクルマがアツい、エモいのだそうです。
洋服の流行も何度も世代を超えて戻ってくるように、例えばAE86がいまの若者には逆にナウく感じたり、当時の所有者や憧れていた人々が再び熱中するというブームがドイツでは起きています。
––多田さんは86では、オーナーが自らイジったりドレスアップする楽しみを提唱されていらしたと思いますが、このドイツの日本車旧車ブームに関してはいかがに思われます?
「自分も、その昭和や平成の世界を体験してみたいという彼らの思いも、自然な流れなのではないか」と自説を語ってくれました。
かつてAE86をリアルで楽しんだ世代の多田さんたちが、その楽しみをご存知だからこそユーザーの想いを汲んで、車両の大きさや価格設定、合法的なドレスアップ&チューニングパーツが豊富に用意されているなど、クルマ好き目線で86を開発・発売し、スバルのBRZとともにスポーツカーライフの革命を起こされたのは記憶に新しいですよね。

企業の業績などで行き詰まる楽しいクルマ作り
––楽しいクルマを作ろうと、クルマ好きが作るスポーツカーに情熱を傾ける一方、昨今のさまざまな規制がネックとなってモデルの継続が困難となっている現状はどうなんでしょう?
「3~4回モデルチェンジを重ねていかないと歴史にはならないんですよね」と本音を明かしてくれました。
スポーツカーに費やされる開発費に対して、ファミリーバンや軽自動車のような実用性を脇に置いたクルマなので大量販売が難しいモデルなだけに、昨今は遊びのクルマが減っているのが現状です。開発メーカーにとっても、“作りたいクルマ”と“売れるクルマ”が必ずしも合致しないのがもどかしいところのようです。
ドイツでも同様な傾向で、私のような庶民でも頑張って背伸びをしたら何とか手に入りそうなコンパクトなスポーツカーは消滅の一途です。一方でスーパースポーツカーはさらに高価になりながらもしっかりと生き残り、大富裕層には大人気です。






































