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塗装は当時のまま?半世紀を超えて生き残った「サバイバー」なポルシェ「911」が約1740万円で落札

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TEXT: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  PHOTO: 2026 Courtesy of RM Sotheby's

Oシリーズの“サバイバー”という奇跡の1車両に下された評価は妥当だったのか!?

このほどRMサザビーズ「ARIZONA 2026」オークションに出品されたポルシェ911は、最初期Oシリーズに属するシャーシNo.304192。美しい「アイリッシュグリーン」にペイント(塗装厚測定器による測定値から工場塗装の可能性が高い)され、1966年4月7日にツッフェンハウゼン工場からラインオフしたという記録が残っている。

アメリカ合衆国内での登録履歴を閲覧できる「CARDEX」の写しによれば、同年10月に「フォルクスワーゲン・パシフィック」社を介して、カリフォルニア州サンタアナのヴァニア・ケイツ氏に新車販売されたと記されている。

現在も有効な「ポルシェ純正証明書」が裏づけるととおり、工場出荷時にはこの時代のみの純正オプションだった木目ダッシュボード、黒のビニールレザートリム、ヴェバスト社製純正ヒーター、フェニックスタイヤ、着色ガラスなどのオプションが満載されていた。

それから半世紀の間、北米で複数のオーナーのもとを渡り歩きつつも、明らかに恵まれた環境で保管されてきたこの911は、2016年に「ポルシェ・コロラドスプリングス(PCOS)」がプライベートコレクションとして取得。PCOSのテクニシャンによる検査では、ナンバーマッチングのエンジンとギヤボックスが現存していること、およびボディ全体で工場から新車として出荷された時と同じレベルの塗装厚測定値が確認された。

また過去にはエンジンが、ブロックを維持したまま2.4L仕様にスケールアップしてリビルトされていたこと、フロントのシートカバーが交換されていたこと、そして以前のオーナーが純正フロアの保護用として、珍しい一体型のココマットを設置していたことも判明した。

そこで、ポルシェ本社が運営するクラシック部門「ポルシェクラシック」の認定ディーラーでもあるPCOSは、包括的な大規模整備を実施することを決定。エンジンとトランスミッション一式を降ろし、オイルリターンチューブやタイミングチェーン&チェーンガイド、コネクティングロッドスリーブとボルト、オイルホース、メインベアリング、エンジンガスケットの交換・更新を行った。

またこの時には、クランクシャフトのバランスチェックにカムシャフトの研磨、キャブレターの再調整も実施。さらに新品のクラッチアセンブリ、ベルト、オイルサーモスタットを装着し、トランスミッションアセンブリの再シールを施している。

くわえて今回の販売に備え、PCOSは再度の点検と整備を実施。新しい燃料レベルセンサーユニットとタイロッドエンドの取りつけ、キャブレターのリビルド、ブレーキシステムの洗浄、その他の微調整作業を含む整備を行った。

このオークション出品に際して、RMサザビーズ北米本社は「みごとに保存された塗装状態、完全なドキュメント類、そしてポルシェのスペシャリストによる最近の入念な整備を経て、ナンバーマッチングのエンジンとギヤボックスを備えたこの傑出したショートホイールベース911は、多くの点で目の肥えたポルシェコレクターや愛好家の心を捉えることでしょう」というPRフレーズを添えて、「サバイバー」車両であることを誇示するような12万ドル〜15万ドル(邦貨換算約1908万円〜2385万円)のエスティメート(推定落札価格)を設定。

ところが、1月23日に開催された競売ではエスティメートには少々届かない11万2000ドル。つまり現在のレートの日本円に換算すれば、約1740万円で壇上の競売人のハンマーが鳴らされることになったのだ。このハンマーの落とし値が妥当だとするなら、日本でのナローの価格設定は高すぎやしないだろうかと首を傾げてしまう。

※為替レートは1ドル=159円(2026年1月23日時点)で換算

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  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 1967年生まれ。かつてロールス・ロイス/ベントレー、フェラーリの日本総代理店だったコーンズ&カンパニー・リミテッド(現コーンズ・モーターズ)で営業・広報を務めたのちイタリアに渡る。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所、都内のクラシックカー専門店などでの勤務を経て、2001年以降は自動車ライターおよび翻訳者として活動中。また「東京コンクール・デレガンス」「浅間ヒルクライム」などの自動車イベントでも立ち上げの段階から関与したほか、自動車博物館「ワクイミュージアム(埼玉県加須市)」では2008年の開館からキュレーションを担当している。
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