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定員2名!? 500台限定のトヨタ「ソアラ エアロキャビン」はバブルが生んだ日本初電動メタルトップ車だった!

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TEXT: 勝村大輔(KATSUMURA Daisuke)  PHOTO: 勝村大輔(KATSUMURA Daisuke)  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

  • トヨタ ソアラ エアロキャビン:オーナーの小澤さんと愛車のツーショット。5年前に思い切って購入を決意したという
  • トヨタ ソアラ エアロキャビン:ルーフパネルが大きく持ち上がり、室内が開放された状態。Cピラーを残したままルーフとリアウインドウが一体で格納されていく独特の機構だ
  • トヨタ ソアラ エアロキャビン:センターコンソールにはメタルトップ開閉スイッチが備わる。当時のバブル期らしい贅沢な装備が随所に確認できる
  • トヨタ ソアラ エアロキャビン:ゴールドカラーのBBS LMを装着している。周囲に並ぶ旧車群のなかでもひときわ目を引く存在感だ
  • トヨタ ソアラ エアロキャビン:他車種から移植したタンカラーのレザーシートで内装を統一。ウッドステアリングもポイントだ
  • トヨタ ソアラ エアロキャビン:3リッター直列6気筒DOHCインタークーラーターボの7M-GTEUエンジンが収まるエンジンルーム。これまで大きなトラブルなく好調を維持しているという
  • トヨタ ソアラ エアロキャビン:中古で入手したというBBS LMホイール。ソアラの雰囲気を崩すことなく存在感を放っている
  • トヨタ ソアラ エアロキャビン:リアに掲げられた「AEROCABIN」の文字。このロゴがエアロキャビン固有のアイデンティティを静かに主張している
  • トヨタ ソアラ エアロキャビン:電動で起き上がったメタルトップの裏側構造が確認できる。格納途中で止めることで、複雑な折りたたみ機構を間近に見ることができる
  • トヨタ ソアラ エアロキャビン:メタルトップが格納途中のリアビュー。通常のソアラより延長されたリアセクションが、エアロキャビンならではのシルエットを生み出している

バブルが生んだ日本初の電動格納式メタルトップ! 500台限定の激レア「ソアラ エアロキャビン」とは!?

ハチマルミーティングには、ポピュラーな車種でありながらもマイナーなモデルも集まるところがこのイベントの楽しいところです。そのイベント会場で見つけたのは、1989年に500台限定で発売されたトヨタ「ソアラ エアロキャビン」というクルマです。バブル景気の絶頂期に誕生した日本初の電動格納式メタルトップを備えた2シータークーペで、現存台数も極めて少ない激レア車です。今回はその稀少なクルマのオーナーである小澤さんにお話を伺いました。

メタルトップの開閉動作を途中で止め、格納の仕組みをアピールする展示

ハチマルミーティングの会場には、そのイベント名の通り1980年代のクルマが集結した。場内で発見したのが、2代目ソアラの屋根がごっそりと自動で開く珍しいモデルだ。ちょうどメタルトップを開けている途中で動作を止めているため、ルーフがリア側に格納される仕組みがよくわかる。

オーナーの小澤さんにお話を伺った。「このクルマは1989年に500台限定で発売されたトヨタ・ソアラ エアロキャビンです。こういったイベントでも同じクルマを見かけることはほとんどありません。元々70スープラの2.5ツインターボを欲しかったんですが、あまり程度の良い個体がなくて、そんな時にこのクルマが売りに出たんです。若い頃からエアロキャビンの存在は知っていたので、貴重なクルマだということもわかり、今から5年ほど前に思い切って購入しました」

バブル期の好景気が生んだ、ソアラベースの変わり種

ソアラは日本国外でも通用する高級パーソナルクーペとして、1981年に登場した。トップグレードにはDOHC(ツインカム)の直列6気筒エンジンを搭載し、デジタルメーターや車両情報を表示する「エレクトロ・マルチビジョン(2代目はスペースビジョンメーター)」など、最先端の電子デバイスを積極的に採用した。

今回紹介するのは1986年にモデルチェンジした2代目モデルだ。2代目はトップグレードの3.0GTに7M-GTEU型3リッター直列6気筒DOHCインタークーラーターボエンジンを搭載し、登場時は国産車最高となる230psを発揮した。その後1989年のマイナーチェンジで240psへと出力アップ。発売時期がバブル期と重なったこともあって、日本で巻き起こった「高級感のあるスタイリッシュな乗用車」に乗るという「ハイソカーブーム(ハイソサエティ・カーの略)」を牽引する大ヒットとなった。

エアロキャビンはこのマイナーチェンジと同時期の1989年4月に、240ps仕様の3.0GTをベースに500台のみリリースされた限定車だ。ルーフからリアウインドウまでが電動で開閉できるメタルトップを備えているのが特徴で、リアシート後部にメタルトップが格納されるため乗車定員は2名となり、トランク容量も削減されている。

マイナートラブルはDIYで対処も、激レアゆえのパーツ不足が最大の課題

小澤さんが入手した際にはボディの状態こそ良かったものの、いくつかの不具合があったそうだ。表示が消えていたデジタルメーターは中古を購入してニコイチ(2つを組み合わせて1つに仕立てる)で修理し、破れていたグレーレザーのシートは他の車種のタンカラーレザーシートに交換して内装を一色に統一した。7M-GTEUエンジンはこれまで大きなトラブルなく好調を維持しているものの、エアフロメーター(空気流量計測センサー)が不調となり、ヤフオクで購入した中古品と交換している。こういったマイナートラブルは基本的に小澤さんがDIYで対処しているという。

外観でノーマルから変更しているのはBBS LMホイールのみで、17×7.5J+38サイズを中古で入手して装着している。20ソアラはネオクラシックGTのなかでは比較的パーツに困らない車種だが、エアロキャビン周りには専用パーツが多く、パーツ供給は絶望的な状況だ。現在はエアロキャビン周囲のシールラバーが良好な状態を保っているため、当面は問題なく乗り続けられると、小澤さんは嬉しそうに語ってくれた。

エアロキャビン周辺パーツの枯渇は、他にも増して避けられない現実だ。それでも小澤さんのように、手間と費用を惜しまずに維持し続けるオーナーがいるからこそ、こうした希少車は今日まで生き残っている。メーカー側の事情があることは重々承知の上で、それでも筆者が願わずにはいられないのが「バブル時代が生んだ世界初の技術を持つ500台が、これ以上失われないこと」である。オーナーの愛情と知恵とDIYと努力だけでは、何とも心許ない現実だということを。

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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

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