自分流にアップデートさせた希少な3.2リッター直6モデル
最近のレストモッドのムーブメントが広がりをみせるなか、希少なクルマでありながら純正のオリジナル状態の保存にはこだわらず、それでいて独自のセンスが際立つオンリーワンな1台をご紹介します。独立チューナー時代のAMGが手がけたメルセデス・ベンツ「190E 3.2 AMG(W201型)」。その異端の成り立ちと、オーナーの“郡司”さんが情熱を注いだカスタマイズの詳細に迫ります。
独立チューナー時代のAMGが手がけた希少なコンパクトセダン
1980年代から90年代にかけて、メルセデス・ベンツのコンパクトセダンである190Eは、その過剰なまでの剛性感と設計思想から「ベビー・メルセデス」と称賛を浴びた。
そのW201型シリーズにおいて、1990年に彗星のごとく登場したメルセデス・ベンツ 190E 3.2 AMGは、まさに異端の存在であった。当時、独立したチューナーであったAMGが手がけたこのモデルは、日本国内において1000万円を優に超える価格でデリバリーされた。
このプライスは、上位セグメントであるメルセデス・ベンツ「300E 3.2 AMG(W124型)」とわずか60数万円の差しかなく、ボディサイズを基準に価値を測る当時の一般的なユーザーからは、見た目の派手さに欠けることも相まって「割高なモデル」と映ったことは否めない。しかし、その中身を知れば、この価格設定はむしろバーゲン価格であったことが理解できる。
W201型という限られたエンジンベイに、本来は想定されていないサイズである直列6気筒エンジンを収め、さらにそれをボアアップして最適化を施すという工程は、上位クラスのモデルをチューニングする以上に困難を極め、膨大なコストを要したからだ。
結果として世界限定で約200台というきわめて希少な個体となったこのクルマを、独自の哲学でアップデートし続けているのがオーナーの“郡司”さんである。
AMG本来の魂を取り戻すために行われたエンジンのアップデート
生粋の190党であるオーナーの“郡司”さんがこの個体と巡り合ったのは10年前のこと。しかし、手に入れた際の状態は決して理想的ではなかった。過去の経緯で、本来搭載されているはずのAMG特製3.2リッターエンジンは降ろされ、メルセデス・ベンツ純正の3.0リッター(M103型)ユニットに換装されていたのである。
「AMGとして生まれた個体ならば、その心臓部もAMGであるべきだ」。そう考えた“郡司”さんは、W124型ベースの3.2 AMG(同じくM103型をベースとしたユニット)をドナーとして探し出し、自らの手で心臓部を本来のスペックへと戻す決断を下した。
特筆すべきは、その作業過程での発見だ。吸気効率を高めるべく、自らヘッドのインテークポートを研磨しようと分解したところ、そこにはすでにAMGの職人によって限界まで拡げられ、鏡面のごとく磨き上げられたポートが姿を現したのだ。
「当時のAMGが、1台のエンジンにどれほどの執念を注いでいたのか。その仕事ぶりを目の当たりにして、深い感慨を覚えました」と“郡司”さんは語る。
この3.2リッターユニットは、2.6リッターのM103型エンジンをベースに、AMG製の特注クランクシャフトやピストンを組み込み、ストロークアップとボアアップを実施したものだ。最高出力234ps、最大トルク31.1kgmというスペックは、現代の基準では控えめに見えるかもしれないが、軽量な190Eのボディを解き放つには十分すぎるほどの瞬発力を秘めている。
エボリューションIIとの比較から見えてくるGTカーとしての資質
じつは“郡司”さんは、190Eの金字塔ともいえるメルセデス・ベンツ「190E 2.5-16 エボリューションII」を30年来所有し続けている筋金入りのオーナーでもある。DTM(ドイツツーリングカー選手権)のホモロゲーションモデルであるエボ2と、職人気質のGTカーである3.2 AMG。この対極にある2台を日常的に乗り分けることで見える景色は、じつに興味深い。
「エボ2は、高回転まで一気に吹け上がる直列4気筒コスワースエンジンの鋭さと、鼻先の軽さが身上です。サーキットやワインディングでは、吸い付くようなハンドリングで圧倒的な軽快さを味わえます。それと比較してしまうと、直列6気筒を積んだ3.2 AMGはフロントの重さを感じ、コーナリングの挙動もやや穏やかです」
しかし、それは決して欠点ではないと“郡司”さんは付け加える。
「3.2 AMGの本領は、圧倒的なトルクを活かした高速巡航や、街中での扱いやすさにあります。エボ2のバケットシートやストイックな乗り味は、買い物などの日常使いには向きませんが、3.2 AMGはどんなシチュエーションでもゆとりを持ってこなせる最高のGTカーなんです」
自分流のアップデートで現代の交通環境を快適に走る
希少なAMGモデルを、あえてオリジナルの保存ではなく、現代の交通環境でいかに気持ちよく走らせるか。“郡司”さんのカスタムは、エンジンのみならず、足まわりやインテリアのディテールに至るまで、国内外のネットオークションや専門ショップを駆使して集めたパーツで最適化されている。
ひととおりのアップデートを終えた現在、視線はさらなる信頼性の向上に向いている。日本の過酷な夏場を見据えたATFクーラーの追加や、ラジエーターの電動ファン化といった冷却系の強化、そして経年で傷み始めた塗膜の再塗装など、維持と進化の両立に余念がない。
チューナー時代のAMGが持っていた凄みと、190Eという稀代の名車が持つ機能美。その両者を理解し、自らの手で深化させ続ける“郡司”さんと3.2 AMG。そのガレージから紡ぎ出される物語は、効率を重視する現代のクルマ選びに対する、ひとつのアンチテーゼのようにも感じられる。旧車をミュージアムピースのように崇め、完全にオリジナル状態を保つこともひとつの美学である。しかし、当時のAMGのエンジニアたちがこのクルマに託した「最高のパフォーマンスで駆け抜ける歓び」を現代の路上で体現し続ける“郡司”さんのアプローチは、クルマという工業製品に対する、もうひとつの究極の愛情表現といえるのではないだろうか。














































































