石川県小松市の日本自動車博物館に常設展示される中国の要人専用リムジン、紅旗「CA770」
石川県小松市の日本自動車博物館には、ほかではなかなか出合えない珍しい車両が数多く収蔵されている。今回はそのなかから、情報がほとんど出回らない中華人民共和国製の1台を紹介する。要人向けに製造された紅旗(ホンチー)のリムジン「CA770」だ。普段見る機会のない国産大型車を、特別に車内まで取材できた。
謎多き中国の要人送迎用リムジン紅旗「CA770」とは
普段見かけない車両が数多く並ぶ館内でも、ひときわ異彩を放つのが、この中華人民共和国の要人輸送用リムジン、紅旗「CA770」だ。日本に数ある自動車博物館のなかでも、紅旗を常設展示しているのは日本自動車博物館だけと思われる。知るかぎりトヨタ博物館がバックヤードに1台収蔵しているものの、こちらは年に数回開かれるバックヤードツアーなどでしか見ることはできないはずだ。
戦後、まだ大型車製造のノウハウがなかったころ、中国共産党は要人のパレードや送迎にソビエト連邦のZILなどを使用していた。その後、毛沢東の強い要望によって、中国で最も古い自動車メーカーである第一汽車(FAW)に、政府首脳が乗るリムジンの製造が指示される。こうして1958年に誕生したのが、革命のシンボルである赤い旗、すなわち紅旗を車名に冠したCA72だ。
改良型のCA770が登場するのは1960年代半ばである。 1966年4月に、より大柄な後継モデルとしてCA770が完全に開発され、ホイールベースは3.39mから3.72mへ、全長は5.73mから5.98mへと延長された。細かなアップデートを受けつつも、その姿を大きく変えることなく長く生産が続いたロングセラーである。 1965年から1981年まで、第一汽車はCA770を合計847台製造した。日本自動車博物館に展示されているのは、1967年式のCA770だ。
シャシーはクライスラー由来、エンジンは中国製V8の巨体
CA770はクライスラーをルーツとする骨格に、中国独自のデザインをまとった巨大なリムジンである。 プラットフォームはクライスラー・インペリアルをベースとしており、V8エンジンを積むこのCA770は累計でおよそ1600台が製造された。 そのエンジンは輸入品ではない。 770シリーズは現地生産の5.7リッターV8を搭載し、ボディは第一汽車が自社で手がけた。つまり骨格こそアメリカ車に範を仰いだものの、心臓部は中国の国産ユニットである。
車体は前後ドアが観音開きとなる4ドアリムジンで、ホイールベース3720mm、全長5980mmと、今の水準でもかなりの巨体だ。ボンネット中央先端に赤旗をモチーフにしたエンブレムが備わり、左右のフロントフェンダーには3本の旗を組み合わせたエンブレムが付く。フェンダーの3本の旗は、当時の3大国家プログラムだった社会主義建設(総路線)、大躍進、人民公社を表している。リアトランク後部には、漢字の「紅旗」とアルファベットの「HONGQI」を組み合わせたエンブレムが備わる。足元はスチールホイールにハブキャップを組み合わせ、巨大なホワイトウォールのバイアスタイヤを履く。
特別に公開してもらった禁断の車内をチェック
通常は展示車両の周囲に柵が設けられ、車体に触れることはできない。今回は特別に、この紅旗の車内を見せてもらうことができた。観音開きのリアドアを開けると、後席にはソファのようなベンチが備わり、運転席との間には隔壁が設けられている。CA770は3列で合計8名分の座席を備え、中央の2脚は随行員のための折りたたみ式の補助席だった。リムジンだけあって足元は驚くほど広く、レッドカーペットが敷かれ、後ろ向きに座る補助席が2脚据えられている。

運転席まわりは意外なほど簡素である。フロントは左右一体のベンチシートで、コラムシフトと組み合わせる、いわゆる「ベンコラ」レイアウトだ。 CA770は時に驚くほど素っ気ない車で、後席にすらパワーウインドウを備えていなかった。 ダッシュパネルはウッド張りながら、難しい加工が不要な直線的なデザインで、左から順にメーター、ラジオ、時計、グローブボックスが並ぶ。
展示車には心温まるエピソードもある。この個体は元々ヘッドライトベゼルが欠品した状態だったが、展示を見た中国からの来館者が本国でパーツを探し出し、コーションプレートとともに寄贈してくれたという。おかげで現在は完全な姿で展示されている。
クライスラーの骨格にソビエトの記憶、そして中国の意地を一身に背負ったこの巨体は、自動車後進国だった当時の中国が国家の威信をかけて造り上げた努力の結晶である。情報の少なさゆえに語られる機会は乏しいものの、現存する個体を間近で観察できる場所は国内でここだけだ。一国の歴史を運んだ要人専用車の存在感を、機会があれば自分の目で確かめてみてほしい。
















































